ブライアンのお気に入り~理想を抱いてアメリカにホームステイしたら学園のキングに目を付けられた件~

付きまとう過去

 新郎新婦とゲストが挨拶を済ませ合うと、皆は和やかに食事やお酒を楽しんだ。

 パーティーは屋内ではなく、ホテルの庭園が見渡せる外で行われた。周りは緑でいっぱいで、空からは温かな日差しが降り注ぐ。まさに晴れの日に相応しい光景だった。

 カザネとブライアンは、自分たちの席から会場を見渡して

「結婚式って大変そうだなって、やる前は心配だったけど、思い切ってやってみて良かった。皆に祝福してもらえて、今日すごく幸せ」

 カザネの満開の笑顔に、ブライアンも満ち足りた微笑みで

「俺も幸せだな。皆に祝ってもらえたのもそうだけど、何よりお前の花嫁姿が見られて」

 言いながらカザネの頬に手を添えると

「お前はいつも可愛いけど、今日は一段と綺麗だ。主催者としてゲストにも気を配らなきゃいけないのに、あんまり綺麗だから、ずーっと見ちゃうな」

 言葉こそ冗談めかしているが、カザネを見つめるブライアンの瞳には愛情が溢れていた。

「ブライアンも今日は一段とすごいね……」

 カザネはとても正視できず、恥ずかしさにギュッと目を閉じながら

「もう10年も一緒に居るのに、まだドキドキする……」

 それはブライアンが弁護士としての実力を磨いて、よりカッコよくなっていくせいでもあるし、お互い日ごとに相手を好きになっていくせいでもあった。

「それはこっちの台詞だな。せっかく招待したのに悪いけど、早く2人きりになりたいよ」

 ブライアンは人目を忍んでカザネにキスしようとした。けれど、唇が触れ合う前に

 ガシャン!

 グラスや食器が割れる音。突然の破壊音に動揺するゲストたちのざわめき。

 カザネとブライアンが驚いて振り返ると、物音を立てたのは

「悪い悪い。今日は弟のめでたい結婚式だって言うんで、つい飲みすぎて。足に来ちゃってね」

 白いテーブルクロスを引っ張って、上に乗っていたグラスや食器類をわざと落としたのは

「オーウェン。どうしてお前がここに?」

 異母兄の予期せぬ登場に、ブライアンは晴れの日から一転、悪夢に突き落とされた。

 ブライアンの動揺を感じたオーウェンは得意げに笑いながら

「どうしても何も、お前の嫁さんに招待されたのさ。厳密に言えば、親父宛ての招待状だが、新郎側の親族ゼロじゃ気の毒だろうと俺が代わりに来てやったんだよ」

 招待状があったお陰で、ホテルの人間に引き留められることなく、ここまで入って来られたらしい。

「それにしても人権派の若き弁護士殿が、誰と結婚したのかと思ったら、あの時の日本人女か」

 オーウェンはカザネに目を向けると、侮蔑するようにニヤついて

「あの時は良さが分からなかったけど、お前の嫁さんは高給取りらしいな? 親父への借金も、その女に払ってもらったそうじゃないか」

 あえてゲストたちにも聞こえるような大声で

「金策は女に任せて、お前は気持ち良く正義の弁護士ゴッコ。俺もお前くらい顔が良ければ、女に養ってもらいながら好きなことをやれたのに。全くお前は色男で羨ましいよ」

 愛ではなく金目当てで結婚したかのような言い方で、ブライアンだけでなくカザネまで侮辱した。しかし言い返しても殴り返しても、激情を見せれば、それが真実だと、かえって周りに印象づける。

 否定したいのに否定できず、ブライアンが動けずにいると

「お兄さんにもブライアンみたいに、やりたいことがあるんですか?」
「は?」

 カザネは自分からオーウェンに近づくと

「好きなだけお酒を飲んだり遊んだりじゃなくて、自分ができることで誰かの力になりたいみたいな、夢や理想があるなら言ってください」

 全く予想外のカザネの切り返しに、オーウェンは戸惑って

「誰かの力にって……。なんで俺が人のためなんかに……」

 見るからに荒んだオーウェンとは対照的に、カザネは純白のドレス姿で無邪気に微笑みながら

「だって自分にも支えてくれる人が居たら、好きなことをやれたのにって言うから。お兄さんにもブライアンみたいに、お金や評価に囚われず叶えたい理想があるのかなって」

 人は夢や理想を失うからこそ荒む。酔っぱらって弟の結婚式をぶち壊しに来た男に、自由を与えられたからと言って、叶えたい理想があるはずが無かった。

 オーウェンの気勢が削がれた隙に

「そうだよ。ブライアンは人として、とても立派な仕事をしている」
「彼のお陰で救われた人たちがたくさんいるんです」

 ジムとハンナが言い返すと、ブライアンの仕事仲間たちも金縛りが解けたように同調し

「よりにもよって結婚式で、彼を侮辱するのはやめてくれ」

 今日この場に集まったのは元々、カザネやブライアンにとって関わりの深い人たちだった。

 ブライアンの関係者は特に、恵まれた才能を自分の富や名声ではなく、人助けに使おうとする彼の姿勢を知っているので、オーウェンの中傷に揺らがされることは無かった。

 孤立無援のオーウェンは、舌打ちをして去って行った。

「……みんな庇ってくれて、ありがとう。身内が不快な思いをさせて悪かったね」

 ブライアンはなんとか皆に感謝を述べた。彼のいつもの癖で招待客の前では平静を装っていたが、やはり内心は穏やかでは無かった。
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