ブライアンのお気に入り~理想を抱いてアメリカにホームステイしたら学園のキングに目を付けられた件~
ほんのちょっとの光があれば
それからブライアンは、オーウェンに会いに行った。施設で食事も管理されていたオーウェンは、10キロほど痩せていた。しかし脂肪だけでなく筋肉も落ちたせいで、かえってみすぼらしく見えた。人目を気にしない生活のせいで、髪や髭はぼさぼさなのに、目だけがブライアンへの敵意に燃えていた。
回復施設の面会室で再会した2人は
「なんでお前が俺を引き取るんだよ? 俺に恩を売って「今まで酷い態度を取って、すみませんでした」とでも謝らせたいのか?」
予想どおりの拒否反応。以前のブライアンなら、痛烈な皮肉で返していたところだが
「アンタは信じないだろうけど、兄弟だからだよ。一緒に仲良く育ったわけじゃないけど、同じ父親のもとで同じように苦しんで来たから、アンタが今ここに1人で居ることが、他人事だとは思えない」
ブライアンは冷静に、自分の意図を説明すると
「立ち直って欲しいし、それができる人だと信じたい」
説得のための方便ではなく、心からの気持ちを伝えた。それがいちばん心に響くと、カザネと出会って知ったから。
ブライアンの真っ直ぐな気持ちは、オーウェンの心を揺らして
「……期待なんてされても応えられない。俺はお前や親父とは違う」
湿った声で言いながら、彼は自分の両目を手で覆った。泣きそうな自分を見られたくないのだと、同じ癖を持つブライアンには分かった。
この異母兄弟とは、ずっと皮肉には皮肉を、悪意には悪意を返すだけの関係だった。けれどブライアンがはじめて家族の情を見せたことで、オーウェンにも今までとは違う感情が喚起された。はじめてオーウェンが見せた弱さもまたブライアンの兄を助けたいという気持ちを強めた。
ブライアンはオーウェンを自宅に呼ぶべきか迷ったが、それは向こうから
「新婚夫婦の家になんか行けるか」
と断られた。ブライアンはオーウェンに、手頃なアパートと仕事を紹介した。稼ぎの面では良くないブライアンだが、これまでたくさん人助けをして来たので顔が広い。
ブライアンの伝手で、オーウェンは子どもたちにアメフトを教えることになった。
『お兄さんが荒れているのって、怪我で選手生命を断たれたせいなんでしょう? もう一度打ち込めるものに出会えたら、元気になるかなって』
カザネの指摘で、オーウェンが腐ったまま立ち直れなかったのは、自分を生かせる環境を奪われたせいじゃないかとブライアンは考えた。
アメフト選手の道を断たれた後。オーウェンは父の言いなりに、仕事を手伝うようになった。しかしブライアンと違って勉強が不得意なオーウェンには、法律関係の仕事はまるで向いていなかった。
畑違いの環境に身を置くことで、オーウェンは立ち直るどころか、自分の無能さにより打ちのめされた。けれどそれは父が与えた環境でのことで、この世の全てじゃない。
アメフトの分野ではスター選手だったように、オーウェンに適した仕事や環境が必ずある。とは言え、オーウェンと親しくないブライアンには彼の適性が分からないので、ひとまずアメフト関係の仕事を紹介した。
オーウェンは
「プロにもなれなかった男の指導なんて誰が受けたがるんだ」
とぼやいていたが、実際にはじめてみると、当時の知識と経験が活かされて、子どもたちや保護者に喜ばれた。
人は誰かの力になることで、はじめて自分にも力があることを知り、無力感から解放される。それはずっと慣れない環境で無力感に打ちのめされていたオーウェンにとって、久しぶりの手応えだった。
父のところで働いていた時のオーウェンは「キング家の息子として恥ずかしくないように」とカードを持たされて、ブランドもののスーツをまとい、高級車に乗って、一流のレストランで食事をしていた。
今のオーウェンは自分の稼ぎの中から、身の丈に合った服を着て、知り合いから安く譲られた車に乗り、ファミレスやファストフード店で食事をする。以前の彼を知る人が見れば、落ちぶれたと思うだろう。
けれど実際はコーチの仕事が縁でできた友人や教え子たちと、楽しくやっていた。およそ20年ぶりに、穏やかな幸福と充実を味わっていた。
しかしずっとブライアンと不仲だったオーウェンは、居場所ややりがいが出来たからって、それを弟に報告して
「お前のお陰だよ、ブライアン」
とは言わない。むしろ10も年下の弟の指示で、簡単に更生してしまった自分が恥ずかしくて「この仕事にやりがいを感じている」とか「幸せだ」とか絶対に言えないでいる。
でもオーウェンが新しい環境でうまくやっているらしいことを、ブライアンは共通の知人から聞いていた。ずっと他人を嘲るような、歪んだ笑みしか浮かべられないでいた男に、昔のような屈託のない笑顔が戻ったことも。
回復施設の面会室で再会した2人は
「なんでお前が俺を引き取るんだよ? 俺に恩を売って「今まで酷い態度を取って、すみませんでした」とでも謝らせたいのか?」
予想どおりの拒否反応。以前のブライアンなら、痛烈な皮肉で返していたところだが
「アンタは信じないだろうけど、兄弟だからだよ。一緒に仲良く育ったわけじゃないけど、同じ父親のもとで同じように苦しんで来たから、アンタが今ここに1人で居ることが、他人事だとは思えない」
ブライアンは冷静に、自分の意図を説明すると
「立ち直って欲しいし、それができる人だと信じたい」
説得のための方便ではなく、心からの気持ちを伝えた。それがいちばん心に響くと、カザネと出会って知ったから。
ブライアンの真っ直ぐな気持ちは、オーウェンの心を揺らして
「……期待なんてされても応えられない。俺はお前や親父とは違う」
湿った声で言いながら、彼は自分の両目を手で覆った。泣きそうな自分を見られたくないのだと、同じ癖を持つブライアンには分かった。
この異母兄弟とは、ずっと皮肉には皮肉を、悪意には悪意を返すだけの関係だった。けれどブライアンがはじめて家族の情を見せたことで、オーウェンにも今までとは違う感情が喚起された。はじめてオーウェンが見せた弱さもまたブライアンの兄を助けたいという気持ちを強めた。
ブライアンはオーウェンを自宅に呼ぶべきか迷ったが、それは向こうから
「新婚夫婦の家になんか行けるか」
と断られた。ブライアンはオーウェンに、手頃なアパートと仕事を紹介した。稼ぎの面では良くないブライアンだが、これまでたくさん人助けをして来たので顔が広い。
ブライアンの伝手で、オーウェンは子どもたちにアメフトを教えることになった。
『お兄さんが荒れているのって、怪我で選手生命を断たれたせいなんでしょう? もう一度打ち込めるものに出会えたら、元気になるかなって』
カザネの指摘で、オーウェンが腐ったまま立ち直れなかったのは、自分を生かせる環境を奪われたせいじゃないかとブライアンは考えた。
アメフト選手の道を断たれた後。オーウェンは父の言いなりに、仕事を手伝うようになった。しかしブライアンと違って勉強が不得意なオーウェンには、法律関係の仕事はまるで向いていなかった。
畑違いの環境に身を置くことで、オーウェンは立ち直るどころか、自分の無能さにより打ちのめされた。けれどそれは父が与えた環境でのことで、この世の全てじゃない。
アメフトの分野ではスター選手だったように、オーウェンに適した仕事や環境が必ずある。とは言え、オーウェンと親しくないブライアンには彼の適性が分からないので、ひとまずアメフト関係の仕事を紹介した。
オーウェンは
「プロにもなれなかった男の指導なんて誰が受けたがるんだ」
とぼやいていたが、実際にはじめてみると、当時の知識と経験が活かされて、子どもたちや保護者に喜ばれた。
人は誰かの力になることで、はじめて自分にも力があることを知り、無力感から解放される。それはずっと慣れない環境で無力感に打ちのめされていたオーウェンにとって、久しぶりの手応えだった。
父のところで働いていた時のオーウェンは「キング家の息子として恥ずかしくないように」とカードを持たされて、ブランドもののスーツをまとい、高級車に乗って、一流のレストランで食事をしていた。
今のオーウェンは自分の稼ぎの中から、身の丈に合った服を着て、知り合いから安く譲られた車に乗り、ファミレスやファストフード店で食事をする。以前の彼を知る人が見れば、落ちぶれたと思うだろう。
けれど実際はコーチの仕事が縁でできた友人や教え子たちと、楽しくやっていた。およそ20年ぶりに、穏やかな幸福と充実を味わっていた。
しかしずっとブライアンと不仲だったオーウェンは、居場所ややりがいが出来たからって、それを弟に報告して
「お前のお陰だよ、ブライアン」
とは言わない。むしろ10も年下の弟の指示で、簡単に更生してしまった自分が恥ずかしくて「この仕事にやりがいを感じている」とか「幸せだ」とか絶対に言えないでいる。
でもオーウェンが新しい環境でうまくやっているらしいことを、ブライアンは共通の知人から聞いていた。ずっと他人を嘲るような、歪んだ笑みしか浮かべられないでいた男に、昔のような屈託のない笑顔が戻ったことも。