ブライアンのお気に入り~理想を抱いてアメリカにホームステイしたら学園のキングに目を付けられた件~

1人じゃないから大丈夫

 それからほどなくして有言実行の男であるブライアンは、夜ごとの熱心な取り組みにより、10年後も一緒だったら孕ませる約束を叶えた。

 どれだけ心配でも、夫には妊娠中の妻のしんどさを代わってやれない。またカザネの親は日本に居るので、家族に頼ることもできなかった。だからブライアンは

「俺にとっていちばん大事なのは家族だから」

 と仕事をセーブして、妊娠中のカザネに付き添い気遣った。別々の仕事をする2人は、学生時代ほどは一緒の時間を持てていなかったので

「久しぶりにブライアンに、たくさん甘えられて嬉しいな」

 カザネは妊娠によって、ブライアンとゆっくり過ごせたことを喜んだ。


 やがてカザネは元気な男の子を産んだ。ブライアンはまず子どもが無事に生まれたことを喜んだ。子どもの誕生を祝って、ハンナやジムをはじめ、カザネの家族や2人の仕事仲間などが、お祝いのメッセージやプレゼントを贈ってくれた。

 中でも2人がいちばん喜んだのは

『出産おめでとう。これからも幸せに』

 という短いメッセージが添えられた乳児用の衣服。それをくれたのはオーウェンだった。

 あれからブライアンとオーウェンの間に、直接のやり取りは無い。けれどブライアンが共通の知人からオーウェンの近況を聞いていたように、オーウェンも遠くからブライアンを気にかけていたようだ。

 ブライアンは、オーウェンからのメッセージカードを手に取りながら

「……あのさ。お前の体調が落ち着いたら、その子と一緒に父さんに会ってくれないか?」

 その思い付きを、ブライアン自身意外に思いながら

「もしかしたら、お前を傷つけることを言うかもしれないけど、父さんだって人間だし、孫は可愛いかもしれないから」

 また傷つけられるかもしれないという不安と、もしかしたらという希望を同時に口にしたのも束の間。

「……これだけ拗れた相手に「もしかしたら」なんて望むのは、楽観的すぎかな?」

 多額の借金を完済してまで父の申し出を拒んだことを、向こうは裏切りだと思っているかもしれない。かつて罵倒され、追い返された母のように「どの面を下げて会いに来た」と拒絶されることをブライアンは恐れたが

「落ち着いたら赤ちゃんを連れて、お父さんに会いに行こう。もし一度でうまくいかなくても、きっと少しずつ仲良くなれるよ」

 カザネの笑顔を見たら不思議と心に光が差して、ブライアンも自然と笑いながら

「お前が笑ってくれると、なんでも大丈夫って気がするよ」

 ちなみに子どもの名づけは、カザネがすることになった。大役を任せられたカザネは緊張したが、実は妊娠が分かった時に浮かんだ名前があった。

「ちょっと変かもしれないけど、(かなう)ってどうかな?」

 耳慣れない響きにブライアンは首を傾げたが

「これからこの子が見つける夢や恋が叶うことを、苦しい時も信じられるように、名前にしてあげたいんだ」

 意味を聞いたブライアンは「いい名前だ」と笑顔で快諾した。


 カザネの体調が落ち着いた頃。ブライアンは多忙な父親に、子どもが生まれたから会いに行きたいとアポを取った。しかし父からはなんの返答も無かった。無言が答えかとブライアンは落ち込んだ。

 借金を返してまで要求を蹴ったのは、支配を拒んだのであって父を嫌ったのではない。ただ向こうは、やはり裏切りと受け取ったのだろう。ブライアンは返事が来なかったことをカザネにも伝えたが

「返事が無いのは、ダメとも言われてない!」

 確かにカザネの言うとおり、返事が無いということは、いいとも言われていない代わりに、ダメとも言われていないということだ。ただし普通なら、ブライアンのように無視は否定的な返事と受け取る。

 ところがカザネは

「私はブライアンのお父さんを知らないけど、ブライアンとお兄さんのことは知っているから。もしかしたらいろいろ難しく考えちゃって、素直になれないだけかもしれないよ」

 カザネ自身も過去に夢と恋を天秤にかけて、ブライアンへの気持ちを諦めようとしたことがあった。本当は愛しているのに変な理屈をつけて、素直になれないことが人にはあるから

「手紙や電話じゃなくて、直接会って話したら何か変わるかも。ブライアンが私を引き留めてくれたり、お兄さんに手を差し伸べられたみたいに」

 父に愛されたい。認められたいという想いが今もあるからこそ、ブライアンは拒絶が酷く怖かった。無言の回答にすら心を刺されたのに、実際に会って、もし

『どうして会いに来た!? この裏切り者め!』

 と罵られたら。想像だけで心がバラバラになりそうだった。

 けれどカザネが、ブライアンの手を取り

「1人じゃないから大丈夫」

 出会った頃と変わらない真っ直ぐな目で強く背を押すから。

 ブライアンは1人では決して信じられない可能性に賭けてみようと決めた。
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