星降る夜に、あのラブソングを。
「……ただいま」
お昼に事務室前で聞いた両親の会話。
武内先生と一緒だった時は大丈夫だったのに、学校を出て家に帰る道中であの光景が蘇り、私の心拍数は最高潮になっていた。
ドキドキしすぎて、吐きそう。
落ち着かなくて、苦しくて。今までも嫌だった家が、益々嫌に感じる。
静かに開けたリビングのドアから覗き込むように中を見ると、両親と妹、弟は4人で楽しそうに食事をしていた。
そして、リビングの角に置かれた小さなテーブルに目を向ける。いつもなら置いてある私の食事。しかし今日のテーブルには何1つ置かれていなかった。
「……」
何も言えなくて、無言で突っ立っていた。
すると、それに気が付いたお母さんが席から立ち上がり、少し離れた位置に置いてあったボストンバッグを手に取る。そしてそれを私の目の前にポンッと置き、酷く睨みつけてきた。
「綾香。あんた、家に居場所が無いって学校で言っているようね。……今日、学校を辞めさせてお父さんの会社で働かせようかと思っていたんだけど。その話を聞いて気が変わったわ。居場所が無い家から出て行けば良い。虐め程度で教室に通えなくなる弱い子なんて、うちにはいらないのだから」
突然投げ掛けられた冷たい言葉に、思わず体が震える。けれど、涙は出ないらしい。呆然と一点を見つめていると、今度はお父さんも口を開く。
「中学時代のトラウマだか何だか知らんが、別に高校で虐められた訳では無いんだろ? それなのに何で教室に通えないんだよ。特別学級? 恥ずかしい。柊木家にそんな問題児はいらないんだよ」
「だから、綾香。あんたは一人暮らしでも何でもすればいいわ。高校生なんだからそのくらいできるでしょ」
「……もし、アパート契約とかで親権者のサインがいるなら、そんなものはいくらでも書いてやる。ただ、費用は知らん。生活費も学費も、自分でどうにかしろ」
「…………」
お父さんとお母さんから交互にぶつけられる、痛い言葉。
それに対して、私は本当に何も言えなかった。
虐められるのは悪?
虐めは、虐められる方が悪い?
中学時代、誰も私に手を差し伸べてくれかったのに。
あの時……話を聞いてくれたおじさんじゃなくて。介入できる人……両親が、お父さんとお母さんが。手を差し伸べて、私のことを助けてくれたら良かったのに。
みんな私を咎めて。
みんな私のことを見ていないフリをした。
……違う。
絶対に違う。
悪いのは、私じゃない。
「……」
私はそんな両親の言葉に何も答えず、投げられたボストンバッグと通学鞄を持って家を飛び出した。
このボストンバッグ、私のだ。
中は見ずとも分かる。多分、私の私物なんかを詰められているのだろう。
とぼとぼと暗い道を歩く中、やっぱり涙は出てこなかった。
別に両親を恨もうとも思わない。
だからと言って、私が悪いとも思わない。
もう、意味が分からない。
行き場所も……無い。
どうすれば良いか分からず、とりあえず通学鞄からスマホを取り出した。
今日だけでもおばあちゃんの家に行けたらいいかな……なんて思い、連絡を取ろうと考えたのだが……。
「…………まじか」
スマホは圏外だった。
恐らくやることの早い両親は、私のスマホを速攻解約したのだろう。
「…………ふふ、ははははっ!」
何だか、笑いが込み上げてくる。
本当にどうしようか。
もう、死んでやろうか。
両親に見捨てられて行き場の無い哀れな17歳。
久しぶり……それこそ、中学の時以来だ。この湧き上がる自殺願望。
「あーあ、どうしよう。武内先生、飛谷先生……桜川工業のおじさん。誰か助けて」
なんて呟く。
それでも、涙は出てこなかった。