星降る夜に、あのラブソングを。
県立桜川高等学校。
高台にあるこの学校は桜川市を一望でき、校舎から見る景色が凄く素敵だと話題だ。そんな魅力に惹かれてこの学校に進学した……までは良かったけれど、あまりにも学校に馴染めなかった。
中学の頃から友達がいない私。柊木綾香、高校1年生。
1年2組に所属する私がまともに教室で過ごせていたのは、入学して2か月程度。それ以降は教室に通えなくなり、空き教室棟の4階にある『サクラ学級』という名前の教室に通っている。
一般の生徒には知られていないこの教室。空き教室棟自体、誰も近寄らないから。足音すら響かない……静かな、私だけの空間。
今日も1人『サクラ学級』の窓から空を見上げた。この教室からは位置的に桜川市を一望できないけれど、空は良く見える。
青空に浮かぶ、真っ白な雲。
自由に空を飛び交う鳥は、何を思うのか……。
「……鳥になりたい」
窓から入ってくる6月下旬の湿っぽい風が、優しく私の頬を撫でる。
鳥になるにはどうすれば良いのか……。そんなことを考えていると、教室の扉がゆっくりと開いた。
「柊木さん、おはよう」
「武内先生……おはようございます」
2組の教室に通えなくなった私の為だけの『サクラ学級』。そこの担任となった、武内慎二先生。この学校の国語 兼 音楽教師だ。
大きい学校だから対応できることであって、普通はこういう待遇は出来ないと教頭先生には釘を刺されている。だから、私の為だけに担任がつくなんて。有難い反面、申し訳なさもあった。……大体、義務教育じゃないからね。
「今日の体育どうする? 2組はシャトルランらしいけど」
「……パスです」
「分かった。その代わり、今度の放課後に測定だけはするからね。体育の安達先生に言っておくよ」
「すみません。ありがとうございます」
武内先生はゆっくりと歩いて私の横に立ち、2人で窓の外を眺める。どこからともなくコーヒー缶を取り出した武内先生は、それを差し出しながら微笑んだ。
「じゃあ、今日も頑張ろうね。柊木さん」
「はい。宜しくお願い致します」
湿っぽい風が少し長い武内先生の髪の毛を優しくなでる。サラサラと髪をなびかせながら教壇に移動した武内先生は、ゆっくりと出席簿を開いた。