星降る夜に、あのラブソングを。

第 7 話 正しい選択とは



 中学時代、あの桜川工業高校のおじさんと腹を割って話した日から。私は日中図書館に行って勉強をして、おじさんがタバコを吸う時間になると、中学校の裏門に行って座りこんで勉強をしていた。


「……柊木」
「おじさん、こんにちは」
「おう」

 いつまでおじさんって呼ぶんだよ。なんて小声で呟くおじさんは無視して、私は開いていた数学の問題集を閉じて鞄に仕舞おうとした。すると、それを見ていたおじさんが口を開く。

「そういやお前、勉強ってどうしてんの」
「……独学です。ここに来る前、図書館に行って1人で勉強しています」
「……マジか」

 それ貸して、と言われて差し出す数学の問題集。
 おじさんはパラパラとそれを捲り、小さく溜息をついた。

 正直なところ、独学には限界がある。
 訂正で真っ赤になっている各ページ。それを見て、おじさんは何を思う。

「赤いでしょう。見ないで下さい」
「…………」
「返して下さい」
「柊木」

 力強く名前を呼ばれ、数学の問題集でポンッと私の頭を叩き、問題集を返された。
 おじさんは電子タバコをセットしながら、空に視線を向ける。そして、煙を吸いながら何かを考えた後、再びこちらに視線を向けた。


「柊木、勉強見てやる。今後は理解できなかったところをまとめとけ」
「……え、でも」
「数学に限らない。中学程度なら他の科目も多少分かる。もし俺に分からないものがあれば、高校の教師に聞いてやるから。乗りかかった舟だ。お前の勉強、見てやるよ」
「……」


 想像もしていなかった言葉に、思わず涙が滲んだ。


「本当ですか?」
「嘘は言わねぇよ」


 勉強を教えてくれるなんて、本当に嬉しくて、嬉しくて。
 私は何度も頭を下げ、何度もおじさんにお礼を伝えた。


 その翌日から、私は分からないところをまとめた紙を持って、中学校の裏門に行った。

 ほんの僅かな、封筒に入れたお金も持って。


「……おじさん。数学を教えて下さい」
「おう、任せとけ」
「そして……これ」
「ん?」

 まとめた紙と一緒に封筒を差し出すと、おじさんは驚いたように首を傾げた。チャリン……と小さく鳴る小銭の音。中を見なくても何が入っているかはすぐに分かる。

「勉強を教えて貰う為のお礼です。……毎日お昼ご飯の為に、親から500円貰っています。今日は150円のおにぎりを1つ買ったので、残り350円。それが入っています。……本当に少ししか無くて申し訳ないのですが、ほんの気持ちとして受け取って下さい」
「…………柊木……」


 中学校は給食だ。
 だけど教室に行かない私の分は無い。多分、給食費も払っていないと思う。

 貰った500円で食べるお昼ご飯。
 いつもおにぎりと一緒にホットスナックを買うところ、今日はお礼を捻出する為に買うのを止めた。


 驚いた表情のおじさん。
 おじさんは次第に泣き出しそうな表情になり、私に封筒を返却した。

「馬鹿だな……お前。お礼なんて要らねぇから、お腹いっぱい飯を食え」
「でも私、それ以外に感謝を伝える術がありません」
「良いんだって。気にするな。……勉強を頑張って、中学校のテストで1位を取ってみろ。それが俺に対する1番のお礼だ」


 そう言って優しく微笑んでくれた。


 そして時間無いからやるぞ、と肩を叩かれ開催される勉強会。

 短時間でも分かる、おじさんの指導の上手さ。
 本当に高校教師なのだと実感させられると同時に、分かりやすさに思わず感動まで覚えた。


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