星降る夜に、あのラブソングを。
しばらく車を走らせ続けた武内先生は、桜川市と隣接している朝倉市にあるフラワーパークにやって来た。
ここなら僕たちのことを知っている人はいないから車から降りても大丈夫。そう言って先生は笑った。
平日の昼間ということもあり、人は殆どいない。
ホースで水を撒くおじさんが数人。その程度。
9月下旬の太陽は夏休みの時ほどではないけれど、まだ体に刺さる。朝夕は涼しくなったと思っていたが、日中はまだまだ暑い。
「……」
「……」
お互い無言で、公園内を歩く。
武内先生と学校以外で過ごす今の時間が不思議に思えてどうしようもない。
どうして私は先生とお散歩をしているのだろう。
ふいに、そう思ってしまう自分がいる。
私が児童養護施設の話をしてから、武内先生は何も言わない。
私の話に対する返答も。それ以外の雑談も。
先生は、何も話さない。
それが何だか不安だった。
私の1歩前を歩く先生。
その背中を追いかけながら周りの花々に目を向けた。
広い花壇には、色とりどりのコスモスが咲き誇り、風に揺れている。
……しかし、先生はいつまで何も言わないのだろう。
何も言わない先生の背中は、何かを悩んでいるような気がする。
「……ねぇ、せんせ――……」
「柊木さん」
私が先生を呼ぶと同時に、先生もまた私を呼んだ。
そして、その場に立ち止まってこちらを振り返り、やっと言葉を発した先生。少しだけ唇を噛みしめて、真剣な眼差しを私に向けてきた。
「……少し前なら、僕と結婚しようって言っていたかも」
「…………え?」
「今は女性の結婚年齢も18歳になったでしょ。だから無理なんだけどね」
「……」
「君を施設に入れるくらいなら、僕と入籍してでも傍に居て欲しいって話」
「なっ…………」
何の前触れも無く出てきた言葉。あまりにもぶっ飛んだ先生の言葉にびっくりしすぎて、理解が追いつかなかった。
スーッと私と先生の間を吹き抜けていく風に、お花の香りも乗って鼻にまで届く。当の先生はあまりにも真剣な表情をしていて、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「児童相談所に通報して、児童養護施設に預けるのは簡単だよ。君の出した答えは、誰に聞いてもそれが正解だと言うと思う。でもね、僕には無理だ。僕は、できない」
「……」
「でも……どうすれば良いのかも、分からない。それが今の本音。柊木さんだから、僕はどうすれば良いのか……分からないんだ」
悲しそうにそう呟いた先生は、そっと私の方に歩み寄り、優しく体を抱きしめた。
体を震わす先生の涙を頭の天辺で感じる。そんな先生は「教師としての僕と、そうではない僕自身が葛藤している」と小さく呟き、抱きしめる腕に力を更に加えた。
しばらく先生とフラワーパークで過ごし、色々なお話をした。
逃れられないこれからのこと。
住む場所が無い私の今後のこと。
生活費のこと。
武内先生は……私を児童養護施設に入れたくないこと。
私以上に涙を流している先生が何だか面白くて、つい笑ってしまったりして。
だけどそんな笑いとは裏腹に、私も止め処なく溢れる涙。
泣き笑いの2人を、色とりどりのコスモスだけが静かに見守ってくれていた。