星降る夜に、あのラブソングを。


 昼休みになると、武内先生が教室にやってくる。お弁当と水筒を持って、ひとりぼっちの私と一緒に過ごす為に。

「柊木さん、5限目は芸術の授業だね。音楽室、来る?」
「……パスです」
「だよね~。ごめん、わざと聞いた。今日はアコースティックギターをやるんだ。後でここにもギターを持って来るから、思うように触ってみてね」
「はい、分かりました」

 武内先生は手作り弁当を食べている。どうも、朝早く起きて自分で作っているらしい。

 カラフルで彩りの良い中身。バランスの取れた、おかずたち。

「武内先生のお弁当、いつ見ても美味しそうです」
「でしょ。こう見えて料理好きなんだ」
「ふふ、先生の彼女さんは幸せですね」
「彼女いないよ?」

 ニコニコと微笑みながら、先生はお弁当を食べ進める。

 すると外から雨音が聞こえ始めた。ぽつり、ぽつりと降り出した雨が徐々に強まっていく。次第に強まった雨はザーザーと音を変える。そんな窓の外に目を向けると、ピカッと空が光り輝き、数秒後に大きな音を響き渡らせた。

「天気が不安定だね。やっぱり梅雨だからかな」
「そうですね。……梅雨は、嫌いです」
「青空が見えないから?」
「はい。青空どころか、太陽も、星も……何も見えません」

 1日に何度も空を見上げる私。雨空は……あまり好きではない。
 心が泣いている。雨空はまるで、私のよう。

「朝日は絶望を、青空は勇気を、夕暮れは安心を、星空は癒しをくれる」
「いずれ絶望は希望となり、勇気は活力と結びつき、安心と癒しで……人生は晴れやかになる」
「……それは意味が分かりません」
「えぇ、分かんない!?」

 大袈裟に体を動かし、揺れる武内先生の髪の毛。クシャっと子供のような笑顔を浮かべ、またお弁当を食べ進めた。

 私のような雨空は、更に強く雨を降らせる。ザーザーを通り越し、もはや滝のよう。

「この雨の中、5限目からもまた1人で怖くない?」
「……私を誰だと思っているのですか。怖いなんて、そんな馬鹿な」
「……そう。強いね、柊木さん」
「強くないですよ。強かったら、ちゃんと2組の教室に通ってます」
「……」

 多分、凄く険しい表情になっていたのだろう。武内先生は箸を置き、優しい目で私の顔を見た。

「“トラウマ”ってそう簡単に消えないから仕方ないよ。寧ろ休まずにちゃんと登校して、ここに来ていること。それが全てじゃないかな。柊木さんが強い証拠だよ」
「……そんなこと、誰も言ってくれません」
「だから僕が言っているじゃない」

 俯き、自分のお弁当を眺める。
 私のお弁当は、途中のコンビニで買った幕の内弁当だ。

 せっかく進学校である桜川高校に入学したのに、教室に通えず別室登校をしている私のことを母は酷く咎めた。

 そして、高校生になってから毎朝欠かさずお弁当を作ってくれていたのに、私が『サクラ学級』に通い始めた頃から作ってくれなくなったのだ。それならば自分で作ろうと意気込んだのに、妹や弟のお弁当を作るからキッチンに立たれると邪魔だと言われ……私は自分のお弁当を作る機会すら奪われている。

「柊木さんは強いよ。大丈夫、僕は分かっている」
「……」

 優しい言葉に思わず滲む涙。それが零れないように瞬きを繰り返し、少しだけ唇を噛んでまた……窓の外を見た。するとその瞬間、一筋の稲妻がパーッと現れ、強い光に思わず目が眩む。

「あまり悲観しないで欲しい。いずれ雨は止むんだから」
「……そうですかね」
「うん、そう。止まない雨はない。僕はそれだけを君に伝えたい」

 またニコニコと微笑んだ武内先生は、どこからともなくチョコレートを取り出した。1口サイズの個包装されたチョコレート。それをそっと私の目の前に置く。

「糖分摂取」
「……武内先生、マジックみたいです」
「何が?」
「いつも突然出てきます」
「それが楽しいでしょ」

 小さく頷きながら、目の前にあるチョコレートに手を伸ばす。包装を剥いで口に含むと、甘さが口いっぱいに広がる。それにまた涙が滲んだ。

「“トラウマ”、克服できるように頑張ろう。君ならできる」
「……」

 優しい笑顔の武内先生。
 そんな先生に向かってまた小さく頷くと、動きに合わせて涙が零れ落ちた。



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