星降る夜に、あのラブソングを。
ドライブをすること1時間ちょっと。
隣の朝倉市にやってきた先生は、小高い山の上にある公園の駐車場で車を停車させた。
時刻は23時45分。
朝倉市を一望できるこの場所には、他に誰も居ない。
私と先生だけの、静かな時間。
「本当は初詣に行こうと思っていたんだ」
「えっ、行きましょうよ」
「……何を言っているの。ご両親を亡くしといて」
「あっ……」
忘れていた、訳では無い。
あのクリスマスの後、先生に妹から連絡が入った。
両親の通夜と葬儀の件だったけれど、私は行かなかった。
大嫌いな両親だった。
だけど、通夜と葬儀に行かなかったことに対して罪悪感が少しだけあった。
だから私は……それを“思い出さないように”していた……。
「今年は色々あったよね。僕は4月からの君しか見ていないけれど、それでも色々あったと思っている」
「高校に入るまでは本当に辛かったです。今年は……おじさんと武内先生に、助けられました」
「……」
外には出ずに、暖房の効いた車内で過ごす私たち。
流れ続ける洋楽が、私を不思議な気分にさせる。
「前も思ったけれど、おじさんって誰なの?」
「話していませんでしたっけ?」
「そういう人がいたということは聞いたけど、誰かは聞いていない。桜川工業高校ってことは、教師?」
「……そうです。数学教師の河原先生」
名前を聞いてもピンと来ないのだろ。うーん、と頭を傾げて悩む先生。「河原先生は武内先生のことを知っているようでしたよ」と言うと、目を見開きながら「えっ」と声を上げていた。
武内先生のこと、アホ毛で覚えていた――……という事実は黙っておこう。
「僕は知らないかも」
「じゃあ今度おじさんに言っておきます。武内先生は覚えていませんでしたよって」
「今後同じ学校になったら気まずいからやめようね」
苦笑いをしながら私の頭を撫でてくれる先生。
それに応えるように微笑むと、同時にどこからか鐘を突く音が聞こえて来た。
ゴーン……ゴーン……
遠くから聞こえて来る音に耳を澄ませていると「除夜の鐘だね」と先生は呟いた。
どこか離れた場所にあるお寺から聞こえて来るのだろう。
「1月1日です」
「そうだね。綾香さん、旧年中はお世話になりました。本年も宜しくお願いします」
「えっ、そんなのこちらの台詞です。こちらこそ、大変お世話になりました。今年もお願いします……」
お互いに挨拶を交わして、そっと右手同士で握手をする。
優しい表情の武内先生にドキドキしてしまう私の心臓。
「手、温かいね」
「暖房のお陰です」
「眠たくない?」
「少し、眠たいけど大丈夫です」
「寝ても良いよ」
「……寝るなんて、勿体ないです」
握ったままの右手はそのままに、今度は左手も重ねてみた。
少し驚いたような表情をしている先生を上目遣いで見つめ、優しく手を撫でる。
――私、何をしているのだろう。
そう思うも、高鳴る感情を抑えられない。
「……私、『サクラ学級』で武内先生に出会えて、本当に良かったです。経験したことのないこの感情。これの答えは、武内先生じゃなきゃ……見つけられないと思います」
「……」
「それに気が付いた、せっかくの時間。私は先生と……沢山のお話がしたいです」
先生は握っていた手を解き、私の体を力強く抱きしめた。
ギュッと抱きしめられたのち、静かに響き出すお互いの心臓の音。
もはやどちらの物か分からないくらい、高速な音が体中に響く。
「何に、気が付いたの」
「……この感情」
「その感情は一体、何」
「…………」
今度はそっと両頬に手を添えられ、指で唇に触れられる。
真剣な眼差しで見つめてくる先生の様子に、思わず鳥肌が立った。
「……多分、先生のことが好きです」
「多分?」
「……正直、やっぱり恋とか分からないのです。この感情が本当に恋なのかも、分かんないです。だけど……心臓がドキドキして、先生と居ると何だか胸が温かくて……けれど苦しくて。でも、ずっと隣に居たい」
両頬に添えられたままの手は、優しく撫でるように動かされる。あまりの優しい手付きにジワッと涙が滲み、先生を見つめ返してみた。
すると、先生も何だか泣きそうな表情をして唇を少しだけ噛みしめていた。
「……先生」
「綾香さん、慎二って呼んで」
「……し、慎二さん……」
消え行く声で初めて先生の名を呼んでみると、見たことのないくらい嬉しそうな表情を浮かべた先生。
そして……
「多分、それは正解だよ。綾香さん……」
そう一言呟いて
先生はゆっくりと顔を近付け、優しく唇を重ね合わせた――……。