星降る夜に、あのラブソングを。
初めて、唇で感じた他人の体温。
柔らかくて、温かくて、胸で何かが溢れ、何だかとっても……嬉しかった。
「――あ、綾香さん。目が覚めた?」
「先生……」
いつの間にか小高い山を後にして、ドライブをしていた先生。
私は気が付かないうちに寝落ちしてしまっていたらしい。
「すみません、寝ちゃってました」
「いいの。何ならもう少し寝ていても良いんだよ」
カーナビに目を向ける。時刻は午前3時21分。
普通なら、寝ている時間だ。
私は窓の外に目を向ける。
真っ暗な夜の海を月灯りだけが照らし輝かせていた。
「初日の出まで、まだ時間があるね」
「流石に前日の夜出発では早かったのです」
「……いいじゃん。年末年始、綾香さんと一緒に過ごしたかったから」
「……なら、どちらかの部屋でも――」
「真夜中に部屋で2人はダメだよ」
その言葉の意味が理解できずに首を傾げていると、先生はフッと笑って「今はまだ何も知らなくて良いよ」なんて、意味深なことを言って微笑んでいた。
静かな夜の中。
車通りの少ない道を進む私たち。
宛ての無いドライブをする中で、私の家族のことが話題に上がった。
通夜と葬儀に行かなかったこと。
後悔はしていないか――……先生は、そんなことを問うてきた。
本当は、心の奥底に引っかかるものがある。
これが後悔なのか分からないけれど、正直な話……やっぱり許せないし。
私が辛い思いをした中学時代。
教室に通えないなら学校を辞めろと言った、最近のこと。
冷たいご飯。
私だけ別の机。
全てが……全てが許せなかった。
悔しくて、辛かった。
それでも、やっぱり私にとってはかけがえのない両親で。
かつては愛してくれていたこともあった。
なのに、事故のことを聞いた時は……何故かホッとした。
だけど、だけど……。
………。
「私は、親不孝者になるんですかね」
「……え?」
「親の死に立ち会わないなんて、最低ですかね」
「…………」
私からの難しい質問に、眉をひそめた先生。
うーん……と少し唸ったあと「まぁ」と呟き、言葉を継いだ。
「一般的に見れば親不孝者だと思うよ。けれど、君の両親はそれ以上に君のことを傷付けているから。そしてそれを間近で見てきた僕は、そう思わない。君は被害者だから」
正面を向いたまま、力強くそう言い放ってくれた先生の言葉が嬉しい。
ふと滲む涙を先生に気付かれないように拭い、私も正面を向いた。
「……うん。……さっきの先生の問いですけど。私は……後悔していません。でも、これで良かったのかが分からなくて不安です」
「正解なんて無いと思うよ。大体、ご両親だってまさか事故で自らが亡くなるなんて思ってもいなかっただろうし、綾香さんが居なくなって、これからは4人で楽しく――……なんて、考えていたかもしれない」
静かな車内で、お互いの呼吸音だけが響く。
重たい話題に空気が張り詰めてしまっている。
何か、違う話題を。
そう考え口を開こうとすると、先生が先に言葉を継いだ。
「変なこと聞いてごめんね。1番嫌な思いをしたのは綾香さんなのに」
「あ……いえ、全然……」
「だけど、良かった。僕、君が後悔していると言ったらどうしようかと、そんなこと……考えていたから」
「……」
運転している先生の横顔を眺めるも、心情は全然読めない。
真顔で、正面を向いたままだった。