星降る夜に、あのラブソングを。

第13話 音楽の力



 新学期が始まり、1年生もラストスパート。

 2学期の間、ずっと黒板に書かれていた詩の部分は消され、一言『星降る夜に、あのラブソングを。』とだけ書かれている。

 『Crazy(クレイジー) Journey(ジャーニー)』の、あの曲のタイトル。私が知っている、唯一有名な曲だ。




「……あれ、また雪……」


 何も変わらない日々を武内先生と過ごし、柊木家とも関わらずに安定した生活を送っていたある日のこと。

 2月に入り春がやってきたというのに、まだ降る雪。春の訪れは、まだ先なのかもしれない。


 そんな、6限目と帰りのショートホームルームの間の時間。数十分経ったというのに、やってくるはずの武内先生はまだ来ない。


「……先生、遅い」


 私は教室の窓際に立ち、1人空を見上げる。

 どんよりした灰色の雲からは、パラパラと小さな雪が舞い降りていた。





「おい、柊木!」
「えっ?」


 唐突に聞こえて来た、私を呼ぶ声。

 ズンズンと『サクラ学級』に入ってきたのは、内山先生だった。


「内山先生、こんにちは」
「おう、柊木。ちょっと付いてこい」
「え? けど武内先生が――……」
「その武内が呼んでんだ。ほら、行くぞ!」
「え!?」


 腕を引っ張られ、教室を飛び出す。
 出てすぐにある渡り廊下を渡って、空き教室棟から特別教室棟に入ると見えてくる音楽室。

 そこが、内山先生の目的地だった。


「な、何で音楽室ですか」
「いーから!!」


 内山先生に引っ張られたまま勢いよく部屋に入ると、中には武内先生がいた。
 1人で窓から外を眺めていた先生は、私の姿を見てそっと微笑むと、ピアノに向かって歩き出す。


「……え、何」
「柊木、そこ座りな」


 並べられている生徒椅子に座り、呆然と武内先生を見つめる。 
 ピアノに辿り着いた武内先生も椅子に座って、鍵盤の蓋を開く。そして、すぅ……と小さく息を吸って、ピアノを弾き始めた。

 国語教師のイメージの方が強い武内先生。
 初めて聴いた先生が奏でる優しいピアノの音色に……音楽教師であることも思い出させる。


「……あれ、この曲って」
「柊木、分かるか。『Crazy(クレイジー) Journey(ジャーニー)』の『星降る夜に、あのラブソングを。』だ。……悔しいけど、良い曲だよな」
「……」
「悔しいんだ、本当に。もうな、教師の道を選んだ自分を殺したくなるくらい悔しい。……だけど、先生決めたんだ」
「え?」
「先生な、3月いっぱいで教師を辞める」
「えぇ!?」
「そして……音楽の世界に戻るんだ」


 そう言って両手をパチンと叩き、ピアノの近くに置いてあったアコースティックギターを手に取った。

 武内先生のピアノの音色に、内山先生のギターが重なる。
 最初は切ないと思ったけれど、良く聞くと温かさもあるその曲。

 優しいピアノと、力強くも温かいギター。
 2つの音色が、この狭い音楽室の中で良い化学反応を起こしていた。


「……っ」


 自然と、涙が零れた。

 音楽には一切興味の無い私だけど、2人の先生が奏でる音色に、酷く心打たれる。


 楽しそうに、優しそうに。

 2人見つめ合いながら楽器と向き合う姿に感銘を受けると同時に、何だか……物凄く胸が締め付けられる感覚もした。



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