星降る夜に、あのラブソングを。
「あ、ふと思い出しました」
「どうしたの?」
「1学期と2学期、黒板に書いていた歌詞があるじゃないですか。あれって、どのアーティストの曲ですか? 検索してもヒットしなかったので」
「あぁ、あれね」
ふいに出てきた、先生に聞きたかったこと。
3学期に書かれていた『Crazy Journey』の『星降る夜に、あのラブソングを。』と書かれた文字を思い出した時、芋づる式に蘇ってきたのだ。
「あれ、君の1個上の先輩が書いた詩だよ」
「……え、先輩?」
「うん」
予想を上回る言葉に、思わず変な声が出た。
「え、でも。今話題のアーティストが歌っている曲の歌詞って言っていたじゃないですか……」
「ふふ、そうだったかな」
笑って誤魔化す不自然な先生の様子に笑いが零れる。
しかし……まさか生徒の作品だったとは……。
その事実に、驚きが隠せない。
「僕、彼の感性が大好きなんだ。あまりにも好きすぎて、綾香さんにも共有したくなった」
「……」
「彼は自分の考えた詩が嫌いだと悩んでいたらしい。内山先生から聞いた話でしか無いけれど、あんなに素敵なのにね」
「……人は誰しも、何かに悩み、苦しんでいる。死にたいと、衝動的に感じるくらい」
「え?」
突然の私の一言に、先生は目をまん丸にして驚いた。
かつて、内山先生の話を聞いた時に武内先生が言っていた言葉。
あの日聞いてから、ずっと私の心にとどまっている。
「武内先生が言っていた言葉。私はこの言葉が大好きです」
「……」
「慎二さん、ありがとうございます。私、本当に貴方と出会えて良かったと、心の底から思います。悩んでいるのは私だけじゃない。そう思うと、少しだけ心が軽くなった気がしたものです。慎二さんの言葉は、魔法の言葉みたい」
出てきたその言葉に嘘はない。
私だけが辛い。そう思っていた時期もあったけれど、武内先生の言葉で大きく意識も変わった。
「……綾香さん」
何だか泣きそうな表情の武内先生は、唇を噛み締めながらそっと私を抱きしめてくれる。
力強くて優しい腕に私も涙を滲ませながら、そっと先生の胸に頭を預けてみた。
そして……2人一緒に、また空を見上げた。
「消えゆく星の光は、僕らの時間みたいで」
「……儚くも美しい。そんな、瞬間を刻んだ」
「君が教えてくれたこと、愛の意味を知ったこと」
「今も、忘れられないんだ。夜空に、問いかける――……」
“君と歌ったあのラブソング
今も響くこの胸に
切なくて、でも愛しくて
夜空に描く夢を
星降る夜に もう一度だけ
君の隣で歌いたい”
先生と静かに紡ぐ、『星降る夜に、あのラブソングを。』の歌詞。
今度は、今の状態にピッタリ……そう呟くと、優しく微笑んでくれた。
「……これからも、沢山大変なことがあると思う。辛くて苦しいことだって、生きていれば何度でも巡り合ってしまう」
「……はい」
「だけど、いつでも僕が君を支えるし、僕はずっと君の隣に居る。もう二度と、君に“死にたい”なんて思わせない」
「…………」
先生の言葉に大きく頷きながら、滲んだ涙を袖で拭った。
――帰ったら、クリスマスの時に買った熊の置物を渡そう。
ふいにそんなことを思ったりして。
「……」
ピッタリとくっついている先生の顔を見上げた。
視線に気が付いてくれた先生も、静かに私の顔を見つめてくれる。
「綾香、愛してる」
「私もです……慎二さん」
どちらからともなく、お互い近づける唇。
そっと、ゆっくりと重ねると、頭の天辺で冷たさを感じた。
それに意識が向き空を見上げると、なんとチラ……チラ……と、静かに雪が舞い降りていた。
「雪……まだ降るんですね」
「そうだね。……流れ星に、雪なんて。不思議な状況に眩暈がしそうだよ」
雲が無いのに雪が降る現象を『風花』と呼ぶらしい。
遠くの雪雲から飛んでくる雪のことを指すみたいで、まさしく今この瞬間のことだと、少しだけ先生は笑った。
そしてもう一度、お互いに顔を近づけて重ねる唇。
ひんやりとした先生の唇にそっと手で触れると、先生も同じように触れて来た。
「……ふふ、冷えるね」
「冷たいです」
「車、戻ろうか」
「はい」
街灯すら無いこの場所で手を繋ぎ、2人静かに空を見上げる。
ひとりぼっちの私にも、隣に誰かが居た。
あのおじさんも。
武内先生も、そう。
私は1人で生きていけない。
いつも誰かに支えられて、助けられて生きている。
頑張って今日も、この瞬間を生きている―――。
隣に立つ、優しくて愛おしい人と、満天の星を交互に見つめる。
輝かしい星々の光だけが、チラチラと舞い降りる雪と武内先生をも、共に輝かせていた。
星降る夜に、あのラブソングを。 終