星降る夜に、あのラブソングを。
早川先生が去り、武内先生と2人きりになった『サクラ学級』。私は2杯目のかき氷を頬張りながら、静かに窓の外を眺めていた。
「武内先生、ありがとうございます」
「何が?」
「楽しくて、美味しいかき氷、初めてでした」
「……そう。本当に良かった」
空を飛ぶ鳥を見つめながら、武内先生に声を掛ける。先生もかき氷を頬張りながら同じように空を見ていた。
「柊木さんに、何か夏らしいことを経験して欲しくて。早川先生と僕は親しいからさ。先生に協力をしてもらったんだ」
「……そうだったんですね」
もう一度、スプーンですくって口に運ぶ。
教師なんて大嫌いだと思っていた中学時代が嘘のよう。高校の教師は私を突き放すどころか、みんなが私のことを思い、手を差し出してくれる。
中学時代に桜川工業高校にいた、あのおじさんもそうだった。
あの頃唯一、私のことを気にかけてくれた人。
高校の教師は……私が知っている教師とは少し違うみたい。
「柊木さん」
「はい」
「今はこの狭い“学校”と“家”いう場所に囚われ、窮屈な思いをしているかもしれない。でもね、世界はここだけじゃないからさ。君にはそれだけを覚えておいて欲しいし、少なくとも『サクラ学級』にいる間は“学校”を嫌な場所だと感じて欲しくないんだ」
「……」
「“家”でのことは、僕らは介入できないけれど。せめて……“学校”だけはね、君の中の悪いイメージを払拭したい」
いつになく真剣な表情でそう言う武内先生。
真顔で唇を噛みながらジッと顔を見つめていると、そんな私の様子に先生は笑い出した。
「まぁ……せっかくさ、ここ桜川高校で僕と柊木さんが出会えて、『サクラ学級』で一緒に過ごせているんだ。僕がここに居れる間は、“君が失ったもの”を一緒に取り戻せるよう尽力したいと思っているからさ、これからも楽しく過ごしていこうね。大丈夫、柊木さんは卒業まで頑張れる」
そう言って、武内先生もスプーンで氷を口に運んだ。
「………」
ザクザクと、スプーンで氷をつつく。
私は微笑んでいる先生の言うことを、素直に受け入れることが出来なかった。
たまたま『サクラ学級』で担任をするよう指名されただけの武内先生。ここまでする義理なんて……無いと思う。
「……意味不明」
「えっ」
「意味不明です、先生。義務教育じゃないのに」
「……」
「私、分かりません。武内先生がそこまで私のことを考えてくれる理由。重荷でしょ、こんな生徒」
「……」
とはいえ、我ながら我儘だ。
高校の教師から見れば、中学の頃の“トラウマ”で教室に通えなくなっただけの生徒。学校が提案して設置してくれたとは言え、そんな問題児の存在は面倒くさかったに決まっている。
その上、担任をするよう指名された任された武内先生。
面倒だったと思う。
嫌だったと思う。
というか今だって、重荷だと思う。
本当は1年2組の教室に通えなくなった時点で学校を辞めようと考えていた。
もう無理だったんだから。
通えないんだから。
だけど“学校”はそんな私を見捨てずに、居場所を作ってくれた。
中学時代は居場所すら無かった私。
だけどここには『サクラ学級』がある。
それだけで……満足だったのに。
武内先生の優しい言葉が嬉しくて。
ついその優しさに甘えてしまいそうになってしまう。
重荷だと思う。
その反面、武内先生の言葉は嬉しくも感じる……。
「……」
笑っていた先生の表情は真顔になり、そっと頬杖をつく。そして空いている方の手で軽く私のおでこをデコピンした。
「いたっ」
「……何も考えないこと。『サクラ学級』は学校から君へ用意した居場所。その居場所の管理を任された僕は、僕個人の意思で君のことを救いたいと思っている。君のことを見放していた中学の先生とも、君のことを放置している両親とも、僕は違う。……いや、僕だけじゃない。早川先生や飛谷先生もそうだよ。みんなが君を気にかけている」
「………」
「ここ、桜川高校では君1人じゃない。それだけは覚えといて」
言われたことのない優しい言葉に、少しだけ涙が滲む。唇を噛んで目を伏せると、武内先生は口角を上げながら……そっと私の頭を撫でてくれた……。