未定
それから三十分ほどして退勤した明日香は、地味なパンツスーツに着替えて社屋を出た。

五分ほど早足で歩いて、飲食店が十数件入った商業ビルの地下一階に下りる。

黒いドアを開けるとそこはジャズが流れるバーで、会社帰りに草尾とふたりで寄るといえば、決まってこの店だ。

シックでこじんまりとした店内は落ち着いた大人の雰囲気で、騒いでいる客はいない。

L字形の十席のカウンターと四人掛けのふたつのテーブル席は半分しか埋まっていなかった。どうやら早く来て席を確保する必要はなかったようだ。

「いらっしゃい」

カウンター内から声をかけてくれたのは、四十代の顎髭が似合うマスターだ。

従業員は他に若い男性のバーテンダーのみ。

明日香の顔を覚えているマスターが、入口側に近いカウンター席からリザーブの札を外した。

その隣にはスーツのジャケットを脱いだ姿の草尾が座っていて、携帯をいじっている。

彼の前にはピザとナッツやサラミ、チーズの皿がほんの少し残っている状態で置かれ、グラスのビールは空になりそうだ。

「お待たせ」

隣に座ると彼の視線が明日香に向いたが、すぐに手元に戻される。

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