未定
どうやら下心を警戒していると勘違いされたようだが、そんな心配は少しもしていない。

有能で優しく容姿に優れた彼に憧れる女性社員は多かった。

若い女性だけで集まれば必ず広瀬の話題が出るし、他部署の同期には彼の下で働けるのを羨ましがられた。

しかし皆、自社の御曹司にアプローチする勇気はないようで、彼の浮いた噂は一度も聞いたことがない。

彼はいわば雲の上の人で、明日香も入社時からずっとそう感じてきた。

今、隣で困り顔をしている彼を見て失礼な態度を取ってしまったと慌てる。

「違うんです。そんな心配はしていません。そうじゃなくて、私は、ええと……」

なにを言いたいのか途中でわからなくなり、言葉が続かない。

まだ発車していないのに体が揺れて倒れそうになると、肩を抱き寄せられた。

支えの腕に心臓が大きく波打ったけれど、遠慮する気持ちが湧かないほど酔っていて、そのまま体を預けた。

(この腕、守られている気分で心地いい……)

「住所は?」

そう問われてひとり暮らしの部屋を思い浮かべると、胸が苦しくなった。

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