【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

1.再び王都へ

「今帰った」
「お帰りなさいませ、セス様」

 仕事から帰ってきたセス様を玄関で出迎えると、セス様は私を見て微笑んだ。琥珀色の髪に夕日が反射してキラキラと輝き、海よりも深い青色の目が優しく私を見つめて、思わずセス様に見惚れてしまう。

「支度はできたか?」
「あ、はい。何とか」
 セス様に聞かれ、私はすぐに我に返って笑みを浮かべた。

 セス様と結婚して半年が経った今でも、本当にこんなに素敵な人が私の夫なのだろうか、と思ってしまう時がある。そう言ったら、セス様に怒られてしまうだろうか。
 このヴェルメリオ国の国王陛下の従弟であり、国内最北の地を治める、国境警備軍総司令官であるセス・キンバリー辺境伯。美丈夫で、頭脳明晰で、国一番の氷魔法の使い手でもあり、剣の腕も国で一、二を争うほど優れているセス様と、妾腹で元平民のなんちゃって伯爵令嬢だった私が結婚するだなんて、フォスター伯爵家にいた頃の私に言っても絶対に信じないだろう。
 今は最愛のセス様と、とても優しいキンバリー辺境伯家の皆に囲まれて、私は本当に幸せだな、とつくづく思う。

「俺も明日からの準備をしないとな。王都に行くのも一年振りか……」

 廊下を歩きながら、げんなりとした表情に変わって溜息をつくセス様。相変わらず夜会が苦手のようで、クスリと笑ってしまった。
 私達は明日から、王宮で開かれる国王陛下主催の夜会に出席するために、キンバリー辺境伯領を発つことになっている。夜会は私も正直気が重いけれど、王都に行くのはとても楽しみだ。

「お仕事の引継ぎは終わりましたか?」
 セス様と一緒に夕食をとりながら、国境警備軍の仕事のことを尋ねる。

「留守のことは問題ない。ジョーとラシャドに任せてある。ジョーは図々しくも土産を要求してきたがな」
「フフ、ジョーさんらしいですね」
 セス様にお土産をねだるジョーさんが容易に想像できて、私は笑う。

 ジョーさんは国境警備軍副司令官で、セス様の右腕と言われている。私も面識があるけれど、気さくで面白い人だ。実力も申し分ないけれど、礼節に欠ける点がセス様を悩ませているようだ。
 ラシャドさんは、国境警備軍第一隊隊長。真面目で優秀で、とても頼りになる。以前は彼が副司令官だったらしく、書類仕事は苦手で放り出しがちなジョーさんに代わって、ラシャドさんが引き受けてくれているそうだ。

「じゃあ、お土産を沢山買ってこないといけませんね」
「他の部下達ならともかく、ジョーにやる土産など不要だ」
「セス様ったら」

 セス様はそんなことを言っているが、ちゃんとジョーさんにもお土産を買うのだろう。何だかんだで、セス様とジョーさんは、仲が良いのだ。

「ああ、ジャンヌがお前によろしくと言っていた」
「そうなんですね」

 ジャンヌさんは国境警備軍第二隊隊長で、ジョーさんの奥さんだ。とても美人で、いつも凛としていて、軍の人々からも人気が高い。勿論、私も大好きな友人だ。ジャンヌさんのお土産は何がいいかな?

 夕食を終えて、明日からの旅程の最終チェックをしてから、ベッドに入る。今日は早めに帰ってきたセス様は、夕食後に家令のリアンさんと諸々の打ち合わせをしているから、先に寝ていていいと言われたけれども、できればセス様を待っていたい。
 そう思って暫く待っていたけれども、昼間の支度の疲れか、眠気に襲われた私は、いつの間にか眠ってしまった。

 翌朝。

「じゃあ、行ってきます」
 キンバリー辺境伯家の皆が総出で見送ってくれる中、私達は馬車に乗り込む。

「気を付けて行ってらっしゃいませ」

 馬車が動き出し、リアンさんと、リアンさんの奥さんでメイド頭のハンナさん、料理人のケイさん、庭師のレスリーさんが手を振ってくれる。
 因みに同行してくれるのは、リアンさんとハンナさんの息子で次期家令のベンさん、ベンさんの奥さんでメイドのアガタさん、御者のフィリップさんだ。ベンさんとアガタさんは結婚してまだ一ヶ月なので、私とアガタさんは、お互い王都へ新婚旅行に行くみたいだと言いながら、この日が来るのを待ち望んでいた。

「また王都に行けるなんて、とても楽しみです」
「私もです。……夜会は正直、気が重いですけど」
 目を輝かせているアガタさんと、夜会を想像して肩を落とす私。

「全くだ。去年は出席したのだから、今年は欠席すべきだったな」
「旦那様、流石にそれは……。国王陛下直々のお誘いなのですから」
「フン。従兄殿も迷惑千万この上ない」
 不貞腐れた表情のセス様に、苦笑を浮かべるベンさん。

「旦那様、この日の為に奥様のドレスを新調しましたので、どうぞ楽しみになさってください」
「ええ?」
「……そうするか」

 アガタさんの発言で、セス様の機嫌も多少は直ったようだけど、私は困惑する。私のドレス姿をセス様が見て、もしがっかりされてしまったらどうすればいいんだろう。以前よりも多少ましになったとはいえ、まだまだ小柄で痩せ気味のお子様体型だというのに。

「憂鬱でしかない夜会だが、少しは楽しみもできたな」
「えええ……」

 妙なプレッシャーが発生してしまって、私はますます気が重くなってしまった。

 ***

 数日後、私達は王都にあるセス様のお屋敷に到着した。

「皆様、お久しぶりです。長旅お疲れさまでした」

 リアンさんの双子の弟のイアンさんと、ハンナさんの双子の妹のアンナさん夫婦が出迎えてくれた。双子だけあって二人共そっくりなので、初めて会った時はとても驚いたものだ。

 アンナさんとアガタさんに手伝ってもらって荷解きを終えたら、もう夕方になっていた。海がないキンバリー辺境伯領ではあまり味わえない魚や貝等、新鮮な海の幸をふんだんに使った夕食に舌鼓を打つ。

「王都のお魚はやっぱり美味しいですね、セス様」
「ああ。やはり海産物は王都の方が美味いな」
 セス様も満足げな表情を浮かべて、食事を楽しんでいた。

 夕食を終えてから、私は机に向かった。白い紙に、ペンで模様を描いていく。揺れる馬車の中では精密な模様を描けなかったので、今から寝るまでの間に、できる限りおまじないの作り溜めをしておくのだ。
 私が十歳の時に亡くなったお母さんから教わったおまじないは、ずっとただの気休めだと思っていたけれども、キンバリー辺境伯家に来てから、不思議な効果がある事が分かった。魔除けのおまじないは、魔獣を遠ざける効果があり、治癒のおまじないは、病気には効かないけれど、怪我、特に魔獣から受けた傷には効果があるのだ。キンバリー辺境伯領の北側には魔獣がうろつく魔の森が広がっていて、時折魔獣が国境を越えて人を襲ってくる事もあるので、できるだけ多く作り置きをしておきたい。とは言っても、おまじないには私の魔力が必要なようで、作りすぎると疲労がどんどん溜まってしまうので、一日に十枚程度しか作れないのだけど。

 模様を描き終え、額に押し当てて祈りを捧げる。これで一枚完成だ。

「サラ、まだ起きていたのか」
 五枚目が完成した時、ノックの音がして、セス様が入室してきた。

「はい。移動で作れなかった分、おまじないを少しでも作っておきたかったので」
 そう答えたら、セス様は苦笑を浮かべた。

「それはありがたいが、今までに作ってくれた予備が十二分にある。今日は旅の疲れがあるだろうから、もう寝ろ。俺もそろそろ休む所だ」
「分かりました」

 セス様と一緒に、大きなベッドに入る。セス様は背も高いので、並んで横になると、私はセス様も胸にすっぽりと収まってしまう。最初はすごくドキドキしたし、今もやっぱりするけれど、それ以上にセス様の腕の中は安心する。

「お休みなさい、セス様」
「ああ。お休み」

 あまり自覚はなかったけれど、やはり疲れはあったようで、すぐに睡魔がやってきて、私達はそのままぐっすりと朝まで眠ってしまったのだった。
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