【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

10.差し入れ

 国境警備軍の砦にお土産を渡しに行ってから、数日が経った。

 セス様は心配ない、と言うので、詳しくは分からないが、森の中の状況はあまり良くないみたいだ。魔獣の数が多く、討伐してばかりで、なかなか偵察することができず、今一つ状況を把握できていないらしい。
 私も少しでも力になれればと、魔獣除けのおまじないをせっせと作っているものの、私の魔力量を考慮したセス様に、一日に作る枚数は十枚まで、と厳しく制限されている。以前ならともかく、今はセス様に頂いたブローチもあるのだから、今回だけでも作る枚数を増やせないか、と思ってセス様に相談してみたけれども、その必要はないと一蹴されてしまった。

 今日の分のおまじないを作り終わり、溜息をつく。

「奥様、お疲れですか?」
 そばで紅茶を淹れていたアガタさんに心配されてしまった。

「あ、いいえ、大丈夫です。ただ、他に私ができる事はないかなと思って……」

 私は安全な場所で、負担にならない程度のおまじないを作っているだけだ。セス様はいつも通り、表情一つ変えていないけれども、帰りはずっと遅いままだし、きっと疲れも溜まっているに違いない。おまじない以外に、何か私にできることはないだろうか?

「それなら、軍の皆様に差し入れするのは如何でしょうか?」
「差し入れ、ですか?」
 テーブルにケーキを準備していたハンナさんの言葉に、私は目を見張った。

「もう随分前になりますが、国境警備軍のお仕事がとても忙しかった時に、皆様に差し入れをしていました。最近は魔獣も頻繁に現れないようになったので、長らくしていませんでしたが」
「そうなのですね」
 ハンナさんの提案は、とてもいい案だと思った。

「ハンナさん、私も皆さんに差し入れをしたいです」
「畏まりました。今日はもう夕方なので、明日にしましょうか」
「はい!」

 翌日、ハンナさんとアガタさんにも手伝ってもらって、私は差し入れの準備を進めた。ケイさんに教わりながら、簡単なサンドウィッチやお菓子を大量に用意する。

「沢山できましたね、奥様」
「ここまで多いと壮観ですね……」

 フィリップさんに馬車を出してもらって、ハンナさんとアガタさんと一緒に砦に向かう。

(セス様や皆さんに、喜んでもらえるといいのだけど……)

 ケイさんのお墨付きなのだから、味は大丈夫な筈だ。兵士の人達は魔獣と戦って疲れている筈だし、セス様は王都から帰ってから休む暇もなく仕事に励んでいる。少しでも皆の疲れが取れればいいなと願っているうちに、馬車は砦に到着した。

「お忙しい所すみません、セス様はいらっしゃいますか?」
「はい。今は執務室にいらっしゃる筈です」
「ありがとうございます」

 魔獣を討伐しに森に行っていて不在だったらどうしよう、と少し不安になっていたので、安堵しながらセス様の執務室に向かう。

「セス様、失礼致します」

 執務室を訪れると、書類を睨みながら難しい顔をしていたセス様は、私を見て目を丸くした。

「サラ? どうした、何かあったのか?」
「いいえ、その……皆さんお疲れでしょうから、差し入れをしたいなと思いまして」
「差し入れだと?」

 ハンナさん達と持って来た差し入れを見せると、セス様は微笑みを浮かべた。

「助かる。これだけ準備するのは大変だっただろう。サラ、礼を言う」
「いいえ、お役に立てたのなら、何よりです」
 セス様に喜んでもらえて、単純だけど嬉しくなる。

「ちょうど小腹が空いていた所だ。一つ貰おう。……うん、美味い」
「本当ですか? 良かったです」

 大丈夫だとは思っていたけれど、セス様に美味しいと褒めてもらえて、自信が付いた私は満面の笑みを浮かべた。

「サラ、今少し忙しくてな。悪いが皆に配ってやってもらえるか?」
「分かりました。お任せください」

 セス様に頼まれて、私達は砦にいる兵士の人達に差し入れを配って回った。

「わあ、ありがとうございます!」
「助かります!」
「頂きます! うわ、美味い!」

 ケイさんに教えてもらいながら皆で作った差し入れは、凄く好評だった。沢山準備したのに、あっと言う間に兵士の人達の胃袋に消えてしまったのは誤算だったけれど。

(皆さんよく食べるものね……。次は倍、いや三倍くらい準備しないといけないかしら?)

 一通り配り終えた私達は、一旦セス様の執務室に戻る。

「セス様、砦にいる方々には配り終えましたので、森に偵察に行っている方々の分は、帰ってきたら渡しておいていただけないでしょうか?」
「ああ、分かった。助かった」
 セス様が微笑んでくれて、私も嬉しくなる。

「それでは、これで失礼します」
「気を付けて帰れ」
「はい」

 セス様の執務室を後にして、私達は帰路に就いた。

「皆様に喜んでもらえてよかったですね」
 帰りの馬車で、アガタさんが微笑む。

「はい。ハンナさんのお蔭です。ありがとうございます」
「いいえ、差し入れをすると決めたのは奥様ですよ」

 ハンナさんにお礼を言い、和やかに笑い合いながら、次は何にしようかと考える。

(お菓子もサンドウィッチも好評だったけど、もう少し腹持ちがいいものの方がいいかしら? 大衆食堂の店長さんと女将さんのサンドウィッチみたいに、具は焼き肉やハンバーグにしてみようかな? あの時、レシピを教えてもらえばよかったわ……)

 次にフォスター伯爵領に行った時に教えてもらおうか、なんて思っていた時だ。

「ウワアァァッ!?」
ガタガタン!
「キャアァァ!?」

 フィリップさんの叫び声と共に、馬車が急停止した。衝撃で壁に頭をぶつけそうになり、何とか腕を突っ張って耐える。

「だ、大丈夫ですか? ハンナさん、アガタさん」
「はい、私は大丈夫です」
「私も驚いただけで……」
 二人共怪我はないようだ。

「フィリップさんは……?」

 顔を上げると、先程までは馬車の前方の窓からフィリップさんの姿が見えていたが、今は何故か見当たらない。

「フィリップさん!? どうしたんですか!?」
「奥様、様子を見て参ります」

 ハンナさんが馬車の扉に手をかけようとした時、急に扉が開き、バランスを崩したハンナさんは、馬車の外に転げ落ちてしまった。

「ハンナさん!?」

 慌ててアガタさんと駆け寄ろうとした時、外から黒い影が現れて、私達は馬車の中に突き飛ばされてしまった。黒い影はそのまま乗り込んできて、扉が閉まり、馬車が動き出す。

「なっ……!?」

 御者席には、いつの間にか誰かが座っていた。フィリップさんじゃない。

「な、何ですか、貴方達は!?」

 アガタさんが私を庇って前に出てくれた。自分も怖いのに、必死に恐怖に耐えているのだろう。声も身体も震えている。

「お前がマヤの娘のサラだな?」
「!?」

 馬車に侵入してきた、上から下まで黒ずくめの服を着て、フードを被った男の人の言葉に、私は息を呑んだ。

(何でこの人が、お母さんの名前を……私のことを知っているの……!?)
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