【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

11.誘拐

(一体、この人達は何者なの……!?)

 動揺のあまり、馬車に侵入してきた男の質問に答えられないでいたら、男は舌打ちし、腰から剣を抜いて私に突き付けた。

「さっさと答えろ! お前がサラだな?」
「た……確かに、私の名前はサラですが……」

 恐怖を堪えながら私が答えると、男は口角を上げ、鼻を鳴らして剣を収めた。おもむろにフードを取り、ドカリと席に腰を下ろす。

「手間をかけさせやがって。……まあいい。これで目的は達成した。帰るぞキーラン!」
「畏まりました」
 黒い髪に黒い目をした男の呼びかけに、御者席の男が答え、馬車がスピードを上げる。

「あ……貴方達は、何者なんですか!? 帰るって、何処へ……!?」
「国にだ」
「国……!?」
 ニヤリと笑った男の返答に、私とアガタさんは青褪めた。

(まさか、このままヴェルメリオ国外に連れて行かれてしまうの……!?)

 その前に何とかしなければ、と思うものの、私とアガタさんでは、武装した男達に勝てるとは思えない。危険だけど、馬車から飛び降りるのはどうだろう、と窓を見やった時。

「無駄な抵抗はするなよ。大人しく従えば、手荒な真似はしないでおいてやる。お前達もちゃんと座ったらどうだ? この先道が荒れるぞ」
ガタガタッ!

 男が言った途端、馬車が大きく揺れ、私達は慌てて座り直した。と同時に、急に外が薄暗くなる。窓から様子を見てみると、馬車は森の中を走っていた。

「森!? まさか、この馬車は北に向かって……!?」
「じゃあ私達は、今魔獣の出る森にいるんですか!?」

 キンバリー辺境伯領で森といえば、領地の北側、国境を越えた向こうに広がる、魔獣が出る森だ。これでは馬車から飛び降りたとしても、魔獣に襲われてしまう。だけど、馬車ごと魔獣に襲われるのも、時間の問題だ。

「安心しろ。魔獣排除の魔札がある。俺達と共にいる限り、お前達も魔獣に襲われることはない。魔札の効果はお前達もよく知っている筈だ。何せ、作ったのはサラ、お前だからな」
「魔獣排除の魔札……?」
 聞きなれない言葉だが、心当たりはある。

「まさか、私の魔除けのおまじない!? どうしてそれを!?」
「森の中に大量に設置されていたものを回収させてもらった。ついでに破れた紙をその場に残しておいたから、軍の連中には気付かれなかったようだがな」
「何てことを……!!」
 不敵な笑みを浮かべる男に、激しい怒りを覚える。

「もしかして、森に魔獣が現れるようになったのは、貴方達のせいなの!?」
「ご名答。俺が仕掛けた魔獣誘引の魔札の効果だ。お蔭で魔獣が異常に出没するようになった森に注意が向き、お前を攫いやすくなったという訳だ」
「……ッ!!」

(この人達のせいで、軍の人達が危険な目に……!! どれだけの人達に迷惑をかけたと……!!)
 カッと頭に血が上る。だけど、落ち着いて冷静になるよう自分に言い聞かせた。

 感情的になった所で、私とアガタさんでは、武装したこの男には敵わないし、御者席にももう一人いる。おまけにここは魔獣が出る森だ。どうしたらいいのかよく考えないと。
 私は男を観察する。肩まである黒い髪に、黒い目。御者席のキーランと呼ばれた男も、森に入ってからはフードを外していて、黒い髪が見える。

(この人達、もしかして……)
 私は最近聞いた言葉を思い出す。

『数ヶ月程前に、マヤさんの親戚だとか言う男の人が二人、店に来たんだよ』
『二人共マヤさんとサラちゃんと同じ、黒い髪に黒い目をしていたから、親戚だって言葉を信じてしまってね』

(魔獣排除の魔札に、魔獣誘引の魔札なんて、聞いたことがないわ……。それにこの馬車、ずっと北に向かっている……)
 ヴェルメリオ国の北にあるのは、いや、あったのは、今は滅びたネーロ国だ。

「……貴方達は、今は滅びたというネーロ国の出身なの?」
「漸く気付いたか」
 私が尋ねると、男は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「俺はネーロ国王太子の嫡男、ヴァンス・ネーロ。国王である祖父と、王太子である父が亡くなった今、俺こそがネーロ国の正統なる国王だ」

 滅びた国の国王だなどと、正直滑稽に思うが、今は口に出さないことにする。

「……お母さんの親戚と名乗って、私とお母さんのことを聞いて回っていたのは、貴方達よね?」
 私の質問に、ヴァンスと名乗った男は眉間に皺を寄せる。

「マヤは祖父である国王が、魔札を量産するために、その辺の侍女に手を付けて生ませた女だ。王族の血が流れてはいるが、正統な血筋であるこの俺とは格が違う」

 お母さんのことを馬鹿にするような口調に腹が立つ。だけど、今はそれどころではない。

(お母さんから教わったおまじないは、ネーロ国の王族しか使えない特殊魔法だと聞いたわ。半信半疑だったけど、やっぱりお母さんは本当に、ネーロ国の王族だったんだ……)

「では、ネーロ国の正統な国王である貴方が、どうして奥様を誘拐されるのですか?」
 アガタさんが、震えながらも気丈にヴァンスを睨みつける。

「誘拐などと人聞きの悪い。マヤには塔の一室を与えて魔札を作らせていたが、魔獣が暴走して国が崩壊した騒動に乗じて、勝手に姿をくらませたんだ。死体がなかったから怪しいとは思っていたがな。ネーロ国を再建するにあたって、土地を侵略してきた魔獣を排除するために、どうしても大量の魔札が要る。ヴェルメリオ国で魔札の効果と同じ特殊魔法を使う者がいるという噂を聞いて、まさかと思い遠路はるばる来てみた所、マヤはとっくに死んでいたが、その娘が使い手だと分かった。だからマヤの代わりに、懐かしの故郷まで連れ戻してやる訳だ。感謝するんだな」

 要するに、私は魔札製造要員という訳だ。

「人を誘拐しておいて……! 誰が感謝なんか!」
 思わず声を荒らげたら、ヴァンスは腰の剣に手をかけた。

「王族の血が流れていながら、国を捨てた裏切り者の娘が。刑に処されないだけ有り難く思え」
「……ッ!」
 殺気をみなぎらせながらヴァンスに睨みつけられ、私達は思わず竦み上がってしまった。

「フン。魔札さえ作れるのであれば、過去のことは不問にしてやる。母親の分まで国に尽くしてもらうぞ。王族の血が流れているだけの、魔札製造奴隷の娘の分際で、俺に逆らおうなどと考えるな」
(魔札製造奴隷ですって……!?)

 お母さんの過去に何があったのか、何故ネーロ国からヴェルメリオ国まではるばる来たのか、少し分かった気がする。
 大人しくこの男達に従い、奴隷扱いを受けるなんて真っ平ごめんだが、ヴァンスに睨まれ、馬車から脱出する手段もない以上、私達は怒りに身を震わせながらも、じっと座っている他なかった。
< 11 / 33 >

この作品をシェア

pagetop