【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
19.追跡
(クソ……ッ!)
日が沈み、薄暗くなっていく森の中で、俺は唇を嚙み締めた。
次から次へと現れる魔獣のせいで、思うように森を進めない。部下達も奮闘してくれているが、魔獣の数が多すぎて、既に皆疲労が見え隠れし、魔力も大分消耗している。魔石が教えてくれるサラとの距離は、一時は縮まったものの、徐々に離されつつあり、焦りと苛立ちを感じずにはいられなかった。
「セス! あそこに小屋がある! 今日はあそこで夜を明かそう!」
「……分かった」
このままサラを追跡したい気持ちを懸命に抑えて、俺はジョーに返答する。
俺一人ならまだ進めるが、部下達の疲労が激しい。おまけに夜の森で動くのは危険極まりない。どうしても魔獣の接近に気付きづらくなり、不意に襲われて手遅れになってしまう。
(サラ……! すまない、少し耐えていてくれ)
小屋に着いた俺達は、交代で見張りと休息を行うことにした。狭い小屋なので、廊下に寝転がったり、階段で休む部下達もいる。皆、俺の我儘に文句一つ言わず、よく付き合ってくれている。感謝しかない。
だが、明日以降は今日よりも過酷な進軍になるだろう。砦に残っていたサラの魔除けのまじないを、砦の警備も考えて半分程持ってくることにしたものの、昼過ぎには全て効果を失ってしまい、そこからは魔獣との戦いだ。先が思いやられて、俺は溜息をついた。
「セス、まだ起きているのか? 少しは寝た方がいいぞ」
「……分かっている」
部屋の床に寝転がっているジョーに、俺はぶっきらぼうに答える。
「……サラちゃんのことが心配なのは、分かるけどな。危なくなったら守ってくれる魔石を持たせているんだろう? サラちゃんならきっと大丈夫だろ。それよりも、お前が今しっかり休んで、体調を万全にしておかないと、魔獣と戦いながら森を進むことも、サラちゃんを取り返すことも難しくなるぞ」
「……そうだな」
ジョーに静かに諭されて、少し肩の力が抜ける。
「ジョー、礼を言う」
「え?」
俺が感謝を口にすると、ジョーは豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をした。
「皆、俺の妻を取り返すために、よく頑張ってくれている。魔獣の巣窟に飛び込むという、自殺行為にも等しい愚行を承知の上でな」
「何だ、そんなことか」
ジョーから気の抜けたような返事が返ってきて、俺は目を丸くした。
「サラちゃんを取り戻したいのは、お前だけじゃない。俺達も一緒ってことだ」
「お前達も、だと?」
「ああ。仲間の怪我を治してくれたり、おまじないで皆を守ってくれたり、差し入れして気遣ってくれたり。皆もサラちゃんのことを、大切に思っているってだけだよ」
「……そうか」
ジョーの言葉に、俺は口元を緩めた。
キンバリー辺境伯領に来てから、サラは一生懸命に働き、俺達を随分と助けてくれた。サラのまじないに、命を救われた者もいる。いつの間にか、皆に心から慕われるようになり、最早なくてはならない存在になった妻を誇らしく思いながら、俺も身を横たえて目を閉じた。
途中で交代して見張りもしながら、夜明けを待った俺達は、再び馬を駆って森の中を進む。
「キンバリー総司令官! 右前方から大型の魔獣が近付いてきます!」
風を操って索敵しているジャンヌが、魔獣を感知したようだ。
「全員警戒しろ! 来るぞ!」
俺が叫ぶと、右前方から魔獣が姿を現した。
ブオオォォッ!!
巨大な牙を持つ猪のような魔獣が、吠えながら猛スピードでこちらに突進してくる。
「クソッ! 邪魔だぁーッ!!」
ジョーが雄叫びを上げながら、炎を纏わせた剣を振るい、魔獣の首を一刀両断した。
「すげえ!」
「流石ジョー副司令官!」
「ジョー、あまり一人で無理をするな! すぐに魔力切れになるぞ」
「問題ねえよ! このまま進むぞ!」
部下達が感心の声を上げる中、無駄だとは思いつつも、一応ジョーに忠告はしておく。相変わらずスタミナや魔力の配分を考えるよりも、先に身体が動いてしまう奴だ。
「左からまた魔獣が来ます! 上からも複数!」
「チッ! またかよ!」
「第一班と第二班は左に備えろ! 他の者は上だ!」
一日中、森の中を馬で駆けながら魔獣と戦い、途中で見つけた小屋で休息をとる。魔石が教えるサラとの距離は、一向に縮まらず気が急くが、焦りは禁物だ。俺に付いて来てくれている部下達を、誰一人死なせる訳にはいかない。おそらくそれは、サラも望んでいないはずだ。自分を奪還するために、誰かが命を落としたと知ると、自分のせいだと思い込み、自らを責めかねない性格だから。
(サラ……。無事だといいが)
そうして、追跡を開始してから数日が経った。
(おかしい。サラの位置が午後からは大して移動していない。既に目的地に着いたのか?)
夕暮れの森を駆けながら、魔石が示すサラの位置に、俺は眉を顰める。
(ここが敵の本拠地なのか? だとしたら、ここからは慎重に動くべきか)
日が沈み、辺りが暗くなった頃、サラ達が前日に夜を明かしたと思われる小屋に辿り着いた。おそらくここからなら半日くらいで、サラの居場所に辿り着けるだろう。
「皆、よく頑張ってくれた。このまま進軍できれば、おそらく明日には誘拐犯の本拠地に到着する。夜が明けたら、第五班は先行して偵察を。その他の者は支援を頼む」
束の間の休息をとりながら、サラの奪還についてジョーとジャンヌと打ち合わせをしている時。
(……ッ!!)
サラに身に着けさせていた、家宝の首飾りと耳飾りの魔石から、魔法が発動したことを感じ取った。
「サラ!!」
俺は思わず部屋から飛び出し、小屋の外へと走り出る。
「キンバリー総司令官!?」
「どうかされましたか!?」
「おいセス! いきなりどうしたんだ!?」
見張りに立っていた部下達に声をかけられ、ジョーに後ろから腕を掴まれる。
「今、サラに持たせていた魔石に仕込んでおいた魔法が発動した。サラの身が危ない!!」
怒りに震えながら、皆に状況を説明する。
「落ち着いてください、キンバリー総司令官! 魔石がサラの身を守っているんですよね!? まだサラは無事でいるはずです!」
「だが……ッ!!」
「セス、気持ちは分かるが、今動くのは危険すぎる! せめて夜明けまで待てないのか!?」
ジャンヌとジョーの言うことはもっともだ。だが、サラの身に危険が迫っていると思うと、居ても立っても居られない。
(……!?)
逡巡していたら、再度魔法の発動を感じた。この短時間に続けて魔法が発動したということは、相当危機が迫っているに違いない。
「ジョー、ジャンヌ、魔力にまだ余裕はあるか!?」
「え? ああ、俺はまだ大丈夫だ」
「私は索敵で大分消費してしまいましたが、少々の戦闘くらいなら問題ありません」
二人の返答を聞いて、俺は決意を固める。あまり使いたくない手段だが、最早そんなことは言っていられない。
「俺に策がある。皆を集めてくれ!」
日が沈み、薄暗くなっていく森の中で、俺は唇を嚙み締めた。
次から次へと現れる魔獣のせいで、思うように森を進めない。部下達も奮闘してくれているが、魔獣の数が多すぎて、既に皆疲労が見え隠れし、魔力も大分消耗している。魔石が教えてくれるサラとの距離は、一時は縮まったものの、徐々に離されつつあり、焦りと苛立ちを感じずにはいられなかった。
「セス! あそこに小屋がある! 今日はあそこで夜を明かそう!」
「……分かった」
このままサラを追跡したい気持ちを懸命に抑えて、俺はジョーに返答する。
俺一人ならまだ進めるが、部下達の疲労が激しい。おまけに夜の森で動くのは危険極まりない。どうしても魔獣の接近に気付きづらくなり、不意に襲われて手遅れになってしまう。
(サラ……! すまない、少し耐えていてくれ)
小屋に着いた俺達は、交代で見張りと休息を行うことにした。狭い小屋なので、廊下に寝転がったり、階段で休む部下達もいる。皆、俺の我儘に文句一つ言わず、よく付き合ってくれている。感謝しかない。
だが、明日以降は今日よりも過酷な進軍になるだろう。砦に残っていたサラの魔除けのまじないを、砦の警備も考えて半分程持ってくることにしたものの、昼過ぎには全て効果を失ってしまい、そこからは魔獣との戦いだ。先が思いやられて、俺は溜息をついた。
「セス、まだ起きているのか? 少しは寝た方がいいぞ」
「……分かっている」
部屋の床に寝転がっているジョーに、俺はぶっきらぼうに答える。
「……サラちゃんのことが心配なのは、分かるけどな。危なくなったら守ってくれる魔石を持たせているんだろう? サラちゃんならきっと大丈夫だろ。それよりも、お前が今しっかり休んで、体調を万全にしておかないと、魔獣と戦いながら森を進むことも、サラちゃんを取り返すことも難しくなるぞ」
「……そうだな」
ジョーに静かに諭されて、少し肩の力が抜ける。
「ジョー、礼を言う」
「え?」
俺が感謝を口にすると、ジョーは豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をした。
「皆、俺の妻を取り返すために、よく頑張ってくれている。魔獣の巣窟に飛び込むという、自殺行為にも等しい愚行を承知の上でな」
「何だ、そんなことか」
ジョーから気の抜けたような返事が返ってきて、俺は目を丸くした。
「サラちゃんを取り戻したいのは、お前だけじゃない。俺達も一緒ってことだ」
「お前達も、だと?」
「ああ。仲間の怪我を治してくれたり、おまじないで皆を守ってくれたり、差し入れして気遣ってくれたり。皆もサラちゃんのことを、大切に思っているってだけだよ」
「……そうか」
ジョーの言葉に、俺は口元を緩めた。
キンバリー辺境伯領に来てから、サラは一生懸命に働き、俺達を随分と助けてくれた。サラのまじないに、命を救われた者もいる。いつの間にか、皆に心から慕われるようになり、最早なくてはならない存在になった妻を誇らしく思いながら、俺も身を横たえて目を閉じた。
途中で交代して見張りもしながら、夜明けを待った俺達は、再び馬を駆って森の中を進む。
「キンバリー総司令官! 右前方から大型の魔獣が近付いてきます!」
風を操って索敵しているジャンヌが、魔獣を感知したようだ。
「全員警戒しろ! 来るぞ!」
俺が叫ぶと、右前方から魔獣が姿を現した。
ブオオォォッ!!
巨大な牙を持つ猪のような魔獣が、吠えながら猛スピードでこちらに突進してくる。
「クソッ! 邪魔だぁーッ!!」
ジョーが雄叫びを上げながら、炎を纏わせた剣を振るい、魔獣の首を一刀両断した。
「すげえ!」
「流石ジョー副司令官!」
「ジョー、あまり一人で無理をするな! すぐに魔力切れになるぞ」
「問題ねえよ! このまま進むぞ!」
部下達が感心の声を上げる中、無駄だとは思いつつも、一応ジョーに忠告はしておく。相変わらずスタミナや魔力の配分を考えるよりも、先に身体が動いてしまう奴だ。
「左からまた魔獣が来ます! 上からも複数!」
「チッ! またかよ!」
「第一班と第二班は左に備えろ! 他の者は上だ!」
一日中、森の中を馬で駆けながら魔獣と戦い、途中で見つけた小屋で休息をとる。魔石が教えるサラとの距離は、一向に縮まらず気が急くが、焦りは禁物だ。俺に付いて来てくれている部下達を、誰一人死なせる訳にはいかない。おそらくそれは、サラも望んでいないはずだ。自分を奪還するために、誰かが命を落としたと知ると、自分のせいだと思い込み、自らを責めかねない性格だから。
(サラ……。無事だといいが)
そうして、追跡を開始してから数日が経った。
(おかしい。サラの位置が午後からは大して移動していない。既に目的地に着いたのか?)
夕暮れの森を駆けながら、魔石が示すサラの位置に、俺は眉を顰める。
(ここが敵の本拠地なのか? だとしたら、ここからは慎重に動くべきか)
日が沈み、辺りが暗くなった頃、サラ達が前日に夜を明かしたと思われる小屋に辿り着いた。おそらくここからなら半日くらいで、サラの居場所に辿り着けるだろう。
「皆、よく頑張ってくれた。このまま進軍できれば、おそらく明日には誘拐犯の本拠地に到着する。夜が明けたら、第五班は先行して偵察を。その他の者は支援を頼む」
束の間の休息をとりながら、サラの奪還についてジョーとジャンヌと打ち合わせをしている時。
(……ッ!!)
サラに身に着けさせていた、家宝の首飾りと耳飾りの魔石から、魔法が発動したことを感じ取った。
「サラ!!」
俺は思わず部屋から飛び出し、小屋の外へと走り出る。
「キンバリー総司令官!?」
「どうかされましたか!?」
「おいセス! いきなりどうしたんだ!?」
見張りに立っていた部下達に声をかけられ、ジョーに後ろから腕を掴まれる。
「今、サラに持たせていた魔石に仕込んでおいた魔法が発動した。サラの身が危ない!!」
怒りに震えながら、皆に状況を説明する。
「落ち着いてください、キンバリー総司令官! 魔石がサラの身を守っているんですよね!? まだサラは無事でいるはずです!」
「だが……ッ!!」
「セス、気持ちは分かるが、今動くのは危険すぎる! せめて夜明けまで待てないのか!?」
ジャンヌとジョーの言うことはもっともだ。だが、サラの身に危険が迫っていると思うと、居ても立っても居られない。
(……!?)
逡巡していたら、再度魔法の発動を感じた。この短時間に続けて魔法が発動したということは、相当危機が迫っているに違いない。
「ジョー、ジャンヌ、魔力にまだ余裕はあるか!?」
「え? ああ、俺はまだ大丈夫だ」
「私は索敵で大分消費してしまいましたが、少々の戦闘くらいなら問題ありません」
二人の返答を聞いて、俺は決意を固める。あまり使いたくない手段だが、最早そんなことは言っていられない。
「俺に策がある。皆を集めてくれ!」