【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
2.一年ぶりの夜会
「できましたよ、奥様。とてもお綺麗です」
「ありがとうございます、アンナさん、アガタさん」
ようやく夜会の支度を終えて、私は疲労を感じつつ、鏡に映った自分をみる。
胸元や裾に金糸の刺繍が入った、セス様の目の色と同じ、海よりも深い青色のドレスは、胸下切り替えなので、小柄な私でも少しだけ大人っぽく見せてくれている。髪は以前セス様から頂いた、雪の結晶を模した銀細工の髪飾りをつけて、編み込みながら一つに纏めてもらった。髪飾りと同じデザインのネックレスとイヤリングは、キンバリー辺境伯家の家宝だ。
これらの装飾品には、全て魔力を込める事で魔法を発動させられる魔石が使われている。とても貴重で高価な魔石を幾つも身に着けるなんて、未だに分不相応に思えて尻込みしてしまう。
「綺麗だ、サラ」
「あ……ありがとうございます」
「楽しみにしていた甲斐はあったな」
入室してきたセス様にも褒めてもらって、顔が熱くなる。
金糸の刺繡で縁取られた、セス様の黒を基調にした正装は、私の黒い髪と黒い目に合わせたのだろう。いつもの仕事着である軍服姿もとても素敵だけど、正装したセス様も、まるで王族のような華々しさがある。白いクラヴァットに輝くピンは、私のネックレスとイヤリングと同じデザインで、少々気恥ずかしくもあるけど、嬉しくもある。
「セス様の方こそ、とても素敵です」
「そうか。少し動きづらいがな」
口では不満を言いつつも、満更でもなさそうなセス様にエスコートしてもらって、馬車に乗り、王宮へと向かう。
一年ぶりの王宮に、やはり私は圧倒されてしまった。相変わらず広い会場に、煌びやかな空間、美しく着飾った大勢の人々、沢山の豪華で美味しそうな食事。夜会に出席するのはまだ二回目だけど、最初の時と同じくらい緊張する。
「まあ、キンバリー辺境伯ですわ。相変わらず素敵ですわね」
「隣の女性は……そう言えば、彼は半年程前にご結婚されたのでしたな」
「悔しいですわ……! どうしてあんなちんちくりんが……!」
「ああ……私があの方の隣に立ちたかったですわ……」
相変わらずセス様は、女性に人気だ。……ちょっとだけ、胸の奥がモヤモヤする。
「キンバリー辺境伯、お久しぶりです」
セス様に挨拶してきた、赤い短髪に鮮やかなオレンジ色の目をした体格の良い男性は、ヴェルメリオ国騎士団の第一騎士団団長である、マーク・ケリー公爵令息だ。
「お久しぶりです、ケリー第一騎士団長」
「夫人もお久しぶりですね」
「はい。昨年は本当にありがとうございました」
「いいえ、当然のことをしたまでです」
爽やかに笑うケリー第一騎士団長に、私も微笑みを浮かべる。
昨年、この夜会で、私を虐げていたフォスター伯爵家の継母、異母兄、異母姉に襲われそうになった時に、セス様とケリー第一騎士団長に助けてもらったのだ。その後の処理も行ってくれたケリー第一騎士団長には、感謝しかない。
セス様とケリー第一騎士団長は仲が良く、そのまま歓談を始めた。
「キンバリー辺境伯夫人、お久しぶりです」
私に声をかける人なんていないと思っていたので、驚いて振り向くと、黒い短髪に青い目をした、見覚えのある男性が立っていた。私のおまじないについて調べてくれている、エマ・ベネット魔法研究所所長の兄で、副所長を務めている、アラスター・ベネット公爵令息だ。
「ベネット副所長。お久しぶりです。……今日はベネット所長はご一緒ではないのですか?」
辺りを見回しても、ベネット所長の姿が見当たらなかったので尋ねてみる。
「はい。妹は夜会に出る暇があったら、魔法研究をしていたい性質ですから」
「ああ、成程……」
遠い目をしているベネット副所長の説明に、私は大いに納得してしまった。
ベネット所長の凄まじい探究心は、私もよく知っている。私のおまじないが、今は滅びたネーロ国と関係している事を突き止めたのも彼女だ。兄を差し置いて所長になる程、とても優秀な女性だけれど、魔法研究に没頭するあまり、周囲が見えなくなってしまうことが頻繁にあるらしい。
「でも、夫人がこの夜会に出席されると分かっていたら、妹ももしかしたら来ていたかもしれません。明日、夫人とおまじないについて、語り合えるのを非常に楽しみにしていましたから」
「そ、そうですか……。明日は、お手柔らかにお願い致します」
私は苦笑を浮かべる。
ベネット副所長の言う通り、明日は魔法研究所を訪れて、ベネット所長の研究に協力することになっているのだ。おまじないの応用を研究しているベネット所長に協力することは、とてもやりがいはあるけれど、ベネット所長の説明や要求についていくのが結構大変ではある。
「あら、来られましたわ」
「おお、いよいよだな」
俄かに周囲がざわめき始めたと思ったら、国王陛下が入場してきていた。
「それではまた明日、研究所でお会いしましょう」
「はい。宜しくお願い致します」
ベネット副所長との話を切り上げて、国王陛下の挨拶に耳を傾ける。ベネット副所長と談笑したせいだろうか。少しは緊張が解けたみたいで、昨年よりもしっかりと聞くことができた。
やがて国王陛下の挨拶が終わり、夜会が開始された。
「サラ、先に挨拶を終わらせておこう」
「はい」
セス様と一緒に列に並んで、国王陛下に挨拶する順番を待つ。多少緊張しつつも、昨年は比べものにならないくらいガチガチに緊張していたな、と半ば懐かしく思いながら、ベネット副所長や、ケリー第一騎士団長が挨拶しているのを見ていた。
やがて私達の番になり、セス様と一緒に国王陛下の前に進み出る。
「久しいな、キンバリー辺境伯。夫人も元気そうで何よりだ」
「ご無沙汰しております、国王陛下」
セス様と一緒に、国王陛下に一礼する。
「結婚生活はどうだ?」
興味津々といった様子で、国王陛下が身を乗り出してきた。
「お蔭様で楽しい日々を過ごしております。本当なら王都まで足を運ぶくらいなら、辺境の領地で夫婦仲良く過ごしていたい所だったのですが」
ふてぶてしいセス様の返答に、私は狼狽してしまった。
「ハハハ。そうかそうか。女嫌いだった従弟殿だが、夫人は大切にしているようで安心したぞ」
笑い飛ばす国王陛下に、私はこっそり胸を撫で下ろす。
以前は女嫌いで有名だったセス様を見かねて、私を紹介してくださったのは国王陛下だから、私達のことを気にかけてくださっているのかもしれない。とてもありがたいけれど、そんな心配は要らないくらい、セス様は私を大切にしてくれている。
「ご理解いただけたのならば、来年からは夜会を欠席してもよろしいでしょうか」
「寂しいことを言うな。キンバリー辺境伯領は遠いのだから、一年に一回くらいは顔を出せ」
笑顔で却下する国王陛下に、小さく舌打ちするセス様。
セス様の態度は、国王陛下に不敬ではないかとハラハラしてしまうが、案外国王陛下はセス様との会話を楽しんでいるのかもしれない。他の貴族達と挨拶していた時よりも、機嫌が良さそうに見える。
「夫人もたまには、王都に来たいだろう」
突然国王陛下に話を振られてしまい、私は困惑する。
確かに、王都は華やかで、沢山のお店があって、キンバリー辺境伯領ではあまり手に入らない海の幸も豊富だし、可愛くて美味しいお菓子も沢山ある。だけど、キンバリー辺境伯領は、人々は皆親切で優しいし、長閑で居心地がいいし、何よりも、安心できる自分の居場所がある。
そう、今はセス様の隣が、私の居場所だ。
「……私は、セス様がいらっしゃるのであれば、どこへでも参りますわ」
微笑みながら答えると、国王陛下は一瞬、目が点になっていた。
「……そうか。従弟殿を深く思ってくれているのだな。これからもよろしく頼む」
「は……はい」
ちょっと大胆だったかなと赤面しながら、私達は国王陛下に一礼し、御前を下がった。
「ありがとうございます、アンナさん、アガタさん」
ようやく夜会の支度を終えて、私は疲労を感じつつ、鏡に映った自分をみる。
胸元や裾に金糸の刺繍が入った、セス様の目の色と同じ、海よりも深い青色のドレスは、胸下切り替えなので、小柄な私でも少しだけ大人っぽく見せてくれている。髪は以前セス様から頂いた、雪の結晶を模した銀細工の髪飾りをつけて、編み込みながら一つに纏めてもらった。髪飾りと同じデザインのネックレスとイヤリングは、キンバリー辺境伯家の家宝だ。
これらの装飾品には、全て魔力を込める事で魔法を発動させられる魔石が使われている。とても貴重で高価な魔石を幾つも身に着けるなんて、未だに分不相応に思えて尻込みしてしまう。
「綺麗だ、サラ」
「あ……ありがとうございます」
「楽しみにしていた甲斐はあったな」
入室してきたセス様にも褒めてもらって、顔が熱くなる。
金糸の刺繡で縁取られた、セス様の黒を基調にした正装は、私の黒い髪と黒い目に合わせたのだろう。いつもの仕事着である軍服姿もとても素敵だけど、正装したセス様も、まるで王族のような華々しさがある。白いクラヴァットに輝くピンは、私のネックレスとイヤリングと同じデザインで、少々気恥ずかしくもあるけど、嬉しくもある。
「セス様の方こそ、とても素敵です」
「そうか。少し動きづらいがな」
口では不満を言いつつも、満更でもなさそうなセス様にエスコートしてもらって、馬車に乗り、王宮へと向かう。
一年ぶりの王宮に、やはり私は圧倒されてしまった。相変わらず広い会場に、煌びやかな空間、美しく着飾った大勢の人々、沢山の豪華で美味しそうな食事。夜会に出席するのはまだ二回目だけど、最初の時と同じくらい緊張する。
「まあ、キンバリー辺境伯ですわ。相変わらず素敵ですわね」
「隣の女性は……そう言えば、彼は半年程前にご結婚されたのでしたな」
「悔しいですわ……! どうしてあんなちんちくりんが……!」
「ああ……私があの方の隣に立ちたかったですわ……」
相変わらずセス様は、女性に人気だ。……ちょっとだけ、胸の奥がモヤモヤする。
「キンバリー辺境伯、お久しぶりです」
セス様に挨拶してきた、赤い短髪に鮮やかなオレンジ色の目をした体格の良い男性は、ヴェルメリオ国騎士団の第一騎士団団長である、マーク・ケリー公爵令息だ。
「お久しぶりです、ケリー第一騎士団長」
「夫人もお久しぶりですね」
「はい。昨年は本当にありがとうございました」
「いいえ、当然のことをしたまでです」
爽やかに笑うケリー第一騎士団長に、私も微笑みを浮かべる。
昨年、この夜会で、私を虐げていたフォスター伯爵家の継母、異母兄、異母姉に襲われそうになった時に、セス様とケリー第一騎士団長に助けてもらったのだ。その後の処理も行ってくれたケリー第一騎士団長には、感謝しかない。
セス様とケリー第一騎士団長は仲が良く、そのまま歓談を始めた。
「キンバリー辺境伯夫人、お久しぶりです」
私に声をかける人なんていないと思っていたので、驚いて振り向くと、黒い短髪に青い目をした、見覚えのある男性が立っていた。私のおまじないについて調べてくれている、エマ・ベネット魔法研究所所長の兄で、副所長を務めている、アラスター・ベネット公爵令息だ。
「ベネット副所長。お久しぶりです。……今日はベネット所長はご一緒ではないのですか?」
辺りを見回しても、ベネット所長の姿が見当たらなかったので尋ねてみる。
「はい。妹は夜会に出る暇があったら、魔法研究をしていたい性質ですから」
「ああ、成程……」
遠い目をしているベネット副所長の説明に、私は大いに納得してしまった。
ベネット所長の凄まじい探究心は、私もよく知っている。私のおまじないが、今は滅びたネーロ国と関係している事を突き止めたのも彼女だ。兄を差し置いて所長になる程、とても優秀な女性だけれど、魔法研究に没頭するあまり、周囲が見えなくなってしまうことが頻繁にあるらしい。
「でも、夫人がこの夜会に出席されると分かっていたら、妹ももしかしたら来ていたかもしれません。明日、夫人とおまじないについて、語り合えるのを非常に楽しみにしていましたから」
「そ、そうですか……。明日は、お手柔らかにお願い致します」
私は苦笑を浮かべる。
ベネット副所長の言う通り、明日は魔法研究所を訪れて、ベネット所長の研究に協力することになっているのだ。おまじないの応用を研究しているベネット所長に協力することは、とてもやりがいはあるけれど、ベネット所長の説明や要求についていくのが結構大変ではある。
「あら、来られましたわ」
「おお、いよいよだな」
俄かに周囲がざわめき始めたと思ったら、国王陛下が入場してきていた。
「それではまた明日、研究所でお会いしましょう」
「はい。宜しくお願い致します」
ベネット副所長との話を切り上げて、国王陛下の挨拶に耳を傾ける。ベネット副所長と談笑したせいだろうか。少しは緊張が解けたみたいで、昨年よりもしっかりと聞くことができた。
やがて国王陛下の挨拶が終わり、夜会が開始された。
「サラ、先に挨拶を終わらせておこう」
「はい」
セス様と一緒に列に並んで、国王陛下に挨拶する順番を待つ。多少緊張しつつも、昨年は比べものにならないくらいガチガチに緊張していたな、と半ば懐かしく思いながら、ベネット副所長や、ケリー第一騎士団長が挨拶しているのを見ていた。
やがて私達の番になり、セス様と一緒に国王陛下の前に進み出る。
「久しいな、キンバリー辺境伯。夫人も元気そうで何よりだ」
「ご無沙汰しております、国王陛下」
セス様と一緒に、国王陛下に一礼する。
「結婚生活はどうだ?」
興味津々といった様子で、国王陛下が身を乗り出してきた。
「お蔭様で楽しい日々を過ごしております。本当なら王都まで足を運ぶくらいなら、辺境の領地で夫婦仲良く過ごしていたい所だったのですが」
ふてぶてしいセス様の返答に、私は狼狽してしまった。
「ハハハ。そうかそうか。女嫌いだった従弟殿だが、夫人は大切にしているようで安心したぞ」
笑い飛ばす国王陛下に、私はこっそり胸を撫で下ろす。
以前は女嫌いで有名だったセス様を見かねて、私を紹介してくださったのは国王陛下だから、私達のことを気にかけてくださっているのかもしれない。とてもありがたいけれど、そんな心配は要らないくらい、セス様は私を大切にしてくれている。
「ご理解いただけたのならば、来年からは夜会を欠席してもよろしいでしょうか」
「寂しいことを言うな。キンバリー辺境伯領は遠いのだから、一年に一回くらいは顔を出せ」
笑顔で却下する国王陛下に、小さく舌打ちするセス様。
セス様の態度は、国王陛下に不敬ではないかとハラハラしてしまうが、案外国王陛下はセス様との会話を楽しんでいるのかもしれない。他の貴族達と挨拶していた時よりも、機嫌が良さそうに見える。
「夫人もたまには、王都に来たいだろう」
突然国王陛下に話を振られてしまい、私は困惑する。
確かに、王都は華やかで、沢山のお店があって、キンバリー辺境伯領ではあまり手に入らない海の幸も豊富だし、可愛くて美味しいお菓子も沢山ある。だけど、キンバリー辺境伯領は、人々は皆親切で優しいし、長閑で居心地がいいし、何よりも、安心できる自分の居場所がある。
そう、今はセス様の隣が、私の居場所だ。
「……私は、セス様がいらっしゃるのであれば、どこへでも参りますわ」
微笑みながら答えると、国王陛下は一瞬、目が点になっていた。
「……そうか。従弟殿を深く思ってくれているのだな。これからもよろしく頼む」
「は……はい」
ちょっと大胆だったかなと赤面しながら、私達は国王陛下に一礼し、御前を下がった。