【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
20.魔獣襲来
(……? 何だか騒がしい……?)
物音でふと目が覚めた私は、寝ぼけ眼で周囲を見回す。見慣れない部屋の外はまだ暗く、夜が明けるまでは時間がありそうだ。
(……もう一寝入りできそう……)
欠伸をした私は、もう一度ベッドに潜り込んだ。だが、何かの音はだんだん大きくなってきて、気になって眠れない。そのうち廊下をバタバタと走るような音が近付いてきた。
「サラ様、大変です! 魔獣がこちらに向かって来ています!!」
「何ですって!?」
「すぐにお逃げください!!」
ノックもせずに部屋に飛び込んできたキーラさんの知らせに驚愕して、完全に目が覚めた私は、すぐに部屋を飛び出した。幸い、隠し持っていたおまじないは、取り出すのを忘れたまま寝てしまっていたことを思い出し、ちゃんと懐に入っていることを手で触って確認する。
「あの、アガタさんは!?」
「分かりません! 先にサラ様に知らせるべく、こちらに参りましたので!」
「じゃあ、アガタさんの所に連れて行ってください!!」
「わ、分かりました!」
アガタさんのことが気になって、キーラさんにお願いする。廊下を走り、階段を駆け下りていると、途中で階段を駆け上ってきたアガタさんと出くわした。
「奥様、ご無事ですか!?」
「アガタさん! 良かった!」
無事にアガタさんと会えて、心から安堵する。
「何が起こっているのですか!? 何だか騒がしくて起きてみたら、魔獣とか言う声が飛び交っていたので、急ぎ奥様のご無事を確認しに来たのですが」
「魔獣がこちらに向かって来ているようです! すぐに逃げないと……!!」
「魔獣が!?」
キーラさんに事の次第を聞いて、アガタさんの顔が青褪める。
「ど、どうしてそんなことに……!?」
「詳細は分かりませんが、以前のように、また魔札の一ヶ所の効力が失われ、その綻びから魔獣が侵入してきたのかもしれません……」
キーラさんは項垂れる。
きっと、キーラさんの推測は当たっているのだろう。ヴァンスも魔獣の侵入を防ぐために、おまじないを周囲に仕掛けていたはずだ。それなのに魔獣が侵入してきたのだから、そうとしか考えられない。
とにかく今は、原因を追究するよりも、皆に知らせて逃げる方が先だ。
「キーラさん、他の人達は大丈夫なのですか!?」
「今、手分けして知らせている所です! もう全員に伝わっている筈なので、私達も急いで逃げましょう!」
「で、でもどこに……!?」
アガタさんの問いに、我に返ったように困惑の表情を浮かべるキーラさん。
(そうだ。ここは逃げ場所がないんだわ)
この城は、人がいない荒れた土地に取り囲まれていて、その周囲は魔獣が出る森だ。逃げると言っても、一体どこに逃げればいいのだろう。
「キーラさん、魔獣はどちらから来ているのか、分かりますか?」
「北西の方角からのようだと……」
キーラさんの答えを聞いて、私は決意する。
「どうせなら、南に逃げましょう。きっと、セス様達が私達を追って、近くまで来てくれている筈です。運が良ければ、途中で会えるかもしれませんから」
「わ……分かりました!」
私の提案に二人も頷いてくれて、私達は城を出て、南に向かって走り出した。徐々に空が白み始めているが、薄暗いせいか、魔獣の姿はまだ見えない。だけど、魔獣の移動速度は私達よりも遥かに速いのだから、今のうちにできる限り距離をとっておかないと、見つかったら一巻の終わりだ。
「おい! 何をしている!!」
懸命に走っていたら、後ろから馬に乗ったヴァンスが追いかけてきた。
(まさか、この期に及んで『逃げるな』とか言うんじゃないでしょうね!?)
ぎょっとした私は、ヴァンスを無視して懸命に走るが、馬の速度に勝てるわけがなく、あっという間に追いつかれてしまった。
「魔獣相手に走って逃げるとか、正気かお前!? 早く乗れ!」
「え?」
ヴァンスに差し出された手を、咄嗟に掴んでしまったら、馬の上まで引っ張り上げられて、後ろに座らされる。
「落ちないようにしっかり捕まっていろ!」
「え、ええ……」
目を丸くしながら、言われた通りにヴァンスに捕まる。後ろを振り返ってみれば、キーランが操る馬車に、アガタさん達が乗り込んでいた。他の人達も馬に二人乗りしたり、馬車の御者台に無理矢理詰めて座ったりしている。
(良かった。これなら逃げ切れるかも……)
そう思って、少し安心した時だった。
キエェェェッッ!!
異様な鳴き声に驚いて振り返ると、大きな鳥のような魔獣が十数羽、夜明けの空から私達目がけて飛んできた。
「キャアァァァ!!」
私は悲鳴を上げて、思わずヴァンスにしがみつく。
「安心しろ。今日仕掛ける予定だった、俺とお前の魔札を持って来ている。暫くは襲われることはない」
ヴァンスが言った通り、私達に向かって飛んできた魔獣達は、途中で方向を変えて遠ざかっていく。それを見て、私は安堵の溜息を吐いた。
「いいかお前達! できるだけ襲われないために、魔札を持っている俺から離れるな!」
「「「はい!」」」
ヴァンスに従い、皆ヴァンスを取り囲むように、できるだけ密集する。
ガオォォォッ!!
今度は巨大な狼のような魔獣が十数頭、物凄い速さで、私達を追いかけてきた。
「チッ!」
ヴァンス達も速度を上げるが、魔獣達の方が速い。このままでは追いつかれてしまう、と思ったら、また魔獣達が方向を変えて去っていった。
(今まで実感したことなかったけれども、魔除けのおまじないって、凄いのね……)
こんな時だというのに、呑気に感心してしまう。
「陛下! また魔獣達が!!」
叫び声に振り返ると、大きい蜂のような魔獣の大群が押し寄せてきていた。
「なっ……!? おい、お前魔札を何枚隠し持っている!?」
急にヴァンスに聞かれて、私はビクリと身体を震わせる。
「俺が持っている魔札は、おそらく残り三十枚程だ。あの魔獣達全てには対応しきれない。後はお前の持っている分だけが頼りだ!」
そんなことを言われても、私が隠し持っているのは、せいぜい十数枚だ。ヴァンスの分と合わせても、あの魔獣の大群には太刀打ちできない。
「無理だわ! あんな大群、全部に対応しきれる枚数じゃない……!!」
「だろうな!」
私達の予想通り、魔獣達は途中で半分くらい引き返していったが、残りはそのまま私達を襲ってきた。
(もう駄目だわ……!!)
ギュッと目を瞑った時。
「サラ!!」
バキイィィィン!!
ずっと聞きたかった声と共に、私達の周囲を氷の壁が空まで覆った。ヴァンス達は慌てて馬を止める。
「セス様!!」
前方の森から、朝日に照らされながらこちらに向かってくる人々が見えた。その先頭に立っているセス様に気付き、私は胸がいっぱいになる。
「ジャンヌ! あいつら燃やすぞ!!」
「任せて!!」
ジョーさんとジャンヌさんが作り上げた炎の竜巻が、魔獣達を包み、跡形もなく燃やしていく。
「サラ、無事か!?」
「はい!!」
魔獣達が討伐されたことを確認して、セス様が氷の壁を消してくれた。ヴァンスの馬から降りた私は、一目散にセス様に駆け寄る。
「セス様!!」
「サラ!!」
私はそのまま、馬から飛び降りたセス様の胸に飛び込む。セス様はしっかりと私を抱き締めてくれた。誘拐されてからずっと続いていた緊張がようやく解けて、私は心から安堵したのだった。
物音でふと目が覚めた私は、寝ぼけ眼で周囲を見回す。見慣れない部屋の外はまだ暗く、夜が明けるまでは時間がありそうだ。
(……もう一寝入りできそう……)
欠伸をした私は、もう一度ベッドに潜り込んだ。だが、何かの音はだんだん大きくなってきて、気になって眠れない。そのうち廊下をバタバタと走るような音が近付いてきた。
「サラ様、大変です! 魔獣がこちらに向かって来ています!!」
「何ですって!?」
「すぐにお逃げください!!」
ノックもせずに部屋に飛び込んできたキーラさんの知らせに驚愕して、完全に目が覚めた私は、すぐに部屋を飛び出した。幸い、隠し持っていたおまじないは、取り出すのを忘れたまま寝てしまっていたことを思い出し、ちゃんと懐に入っていることを手で触って確認する。
「あの、アガタさんは!?」
「分かりません! 先にサラ様に知らせるべく、こちらに参りましたので!」
「じゃあ、アガタさんの所に連れて行ってください!!」
「わ、分かりました!」
アガタさんのことが気になって、キーラさんにお願いする。廊下を走り、階段を駆け下りていると、途中で階段を駆け上ってきたアガタさんと出くわした。
「奥様、ご無事ですか!?」
「アガタさん! 良かった!」
無事にアガタさんと会えて、心から安堵する。
「何が起こっているのですか!? 何だか騒がしくて起きてみたら、魔獣とか言う声が飛び交っていたので、急ぎ奥様のご無事を確認しに来たのですが」
「魔獣がこちらに向かって来ているようです! すぐに逃げないと……!!」
「魔獣が!?」
キーラさんに事の次第を聞いて、アガタさんの顔が青褪める。
「ど、どうしてそんなことに……!?」
「詳細は分かりませんが、以前のように、また魔札の一ヶ所の効力が失われ、その綻びから魔獣が侵入してきたのかもしれません……」
キーラさんは項垂れる。
きっと、キーラさんの推測は当たっているのだろう。ヴァンスも魔獣の侵入を防ぐために、おまじないを周囲に仕掛けていたはずだ。それなのに魔獣が侵入してきたのだから、そうとしか考えられない。
とにかく今は、原因を追究するよりも、皆に知らせて逃げる方が先だ。
「キーラさん、他の人達は大丈夫なのですか!?」
「今、手分けして知らせている所です! もう全員に伝わっている筈なので、私達も急いで逃げましょう!」
「で、でもどこに……!?」
アガタさんの問いに、我に返ったように困惑の表情を浮かべるキーラさん。
(そうだ。ここは逃げ場所がないんだわ)
この城は、人がいない荒れた土地に取り囲まれていて、その周囲は魔獣が出る森だ。逃げると言っても、一体どこに逃げればいいのだろう。
「キーラさん、魔獣はどちらから来ているのか、分かりますか?」
「北西の方角からのようだと……」
キーラさんの答えを聞いて、私は決意する。
「どうせなら、南に逃げましょう。きっと、セス様達が私達を追って、近くまで来てくれている筈です。運が良ければ、途中で会えるかもしれませんから」
「わ……分かりました!」
私の提案に二人も頷いてくれて、私達は城を出て、南に向かって走り出した。徐々に空が白み始めているが、薄暗いせいか、魔獣の姿はまだ見えない。だけど、魔獣の移動速度は私達よりも遥かに速いのだから、今のうちにできる限り距離をとっておかないと、見つかったら一巻の終わりだ。
「おい! 何をしている!!」
懸命に走っていたら、後ろから馬に乗ったヴァンスが追いかけてきた。
(まさか、この期に及んで『逃げるな』とか言うんじゃないでしょうね!?)
ぎょっとした私は、ヴァンスを無視して懸命に走るが、馬の速度に勝てるわけがなく、あっという間に追いつかれてしまった。
「魔獣相手に走って逃げるとか、正気かお前!? 早く乗れ!」
「え?」
ヴァンスに差し出された手を、咄嗟に掴んでしまったら、馬の上まで引っ張り上げられて、後ろに座らされる。
「落ちないようにしっかり捕まっていろ!」
「え、ええ……」
目を丸くしながら、言われた通りにヴァンスに捕まる。後ろを振り返ってみれば、キーランが操る馬車に、アガタさん達が乗り込んでいた。他の人達も馬に二人乗りしたり、馬車の御者台に無理矢理詰めて座ったりしている。
(良かった。これなら逃げ切れるかも……)
そう思って、少し安心した時だった。
キエェェェッッ!!
異様な鳴き声に驚いて振り返ると、大きな鳥のような魔獣が十数羽、夜明けの空から私達目がけて飛んできた。
「キャアァァァ!!」
私は悲鳴を上げて、思わずヴァンスにしがみつく。
「安心しろ。今日仕掛ける予定だった、俺とお前の魔札を持って来ている。暫くは襲われることはない」
ヴァンスが言った通り、私達に向かって飛んできた魔獣達は、途中で方向を変えて遠ざかっていく。それを見て、私は安堵の溜息を吐いた。
「いいかお前達! できるだけ襲われないために、魔札を持っている俺から離れるな!」
「「「はい!」」」
ヴァンスに従い、皆ヴァンスを取り囲むように、できるだけ密集する。
ガオォォォッ!!
今度は巨大な狼のような魔獣が十数頭、物凄い速さで、私達を追いかけてきた。
「チッ!」
ヴァンス達も速度を上げるが、魔獣達の方が速い。このままでは追いつかれてしまう、と思ったら、また魔獣達が方向を変えて去っていった。
(今まで実感したことなかったけれども、魔除けのおまじないって、凄いのね……)
こんな時だというのに、呑気に感心してしまう。
「陛下! また魔獣達が!!」
叫び声に振り返ると、大きい蜂のような魔獣の大群が押し寄せてきていた。
「なっ……!? おい、お前魔札を何枚隠し持っている!?」
急にヴァンスに聞かれて、私はビクリと身体を震わせる。
「俺が持っている魔札は、おそらく残り三十枚程だ。あの魔獣達全てには対応しきれない。後はお前の持っている分だけが頼りだ!」
そんなことを言われても、私が隠し持っているのは、せいぜい十数枚だ。ヴァンスの分と合わせても、あの魔獣の大群には太刀打ちできない。
「無理だわ! あんな大群、全部に対応しきれる枚数じゃない……!!」
「だろうな!」
私達の予想通り、魔獣達は途中で半分くらい引き返していったが、残りはそのまま私達を襲ってきた。
(もう駄目だわ……!!)
ギュッと目を瞑った時。
「サラ!!」
バキイィィィン!!
ずっと聞きたかった声と共に、私達の周囲を氷の壁が空まで覆った。ヴァンス達は慌てて馬を止める。
「セス様!!」
前方の森から、朝日に照らされながらこちらに向かってくる人々が見えた。その先頭に立っているセス様に気付き、私は胸がいっぱいになる。
「ジャンヌ! あいつら燃やすぞ!!」
「任せて!!」
ジョーさんとジャンヌさんが作り上げた炎の竜巻が、魔獣達を包み、跡形もなく燃やしていく。
「サラ、無事か!?」
「はい!!」
魔獣達が討伐されたことを確認して、セス様が氷の壁を消してくれた。ヴァンスの馬から降りた私は、一目散にセス様に駆け寄る。
「セス様!!」
「サラ!!」
私はそのまま、馬から飛び降りたセス様の胸に飛び込む。セス様はしっかりと私を抱き締めてくれた。誘拐されてからずっと続いていた緊張がようやく解けて、私は心から安堵したのだった。