【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

21.国境警備軍

「クソッ! 離せ!!」
「暴れるな!」
「大人しくしろ!」

 ヴァンスの叫び声で、我に返った私は慌ててセス様から離れた。
 セス様達が助けに来てくれて、安心したからって、人前で抱き着くとか……。感極まって思わずしてしまったとはいえ、今となってはちょっと恥ずかしい。

「キンバリー総司令官! 全員の捕縛、完了しました!」
 その声に振り返ってみると、ネーロ国の人達は皆、国境警備軍の人達に取り押さえられていた。

「ご苦労。とりあえず落ち着ける場所に移動するか。魔獣の接近が目視できる、見晴らしのいい場所か高い場所を探せ」
 顔を熱くして動揺していた私とは違って、セス様は涼しい顔で指示を出している。

「でしたら旦那様、この先に城があります。とは言え、魔獣が侵入してきたということで、私達はそこから逃げてきたのですが……」
 アガタさんが進み出て助言した。

「そうか。だが城ならば、これだけの人数がいれば多少は警備もしやすかろう。少なくとも、森が近く、見通しが悪い平地であるここよりはましだな」

 セス様の決定で、私達は城に戻ることになった。壊れかけの城だし、魔除けのおまじないも使い果たしてしまっているけれども、国境警備軍の人達が交代で見張りをしてくれるらしいので、少しは安心して休めそうだ。

(セス様、ご迷惑ではなかったかしら……)

 先程、部下の人達の目の前で急に抱き着いてしまったことが気になって、隣に立つセス様の様子をそっと窺ってみる。城への移動のために、部下の人達に忙しそうに指示を飛ばしていたセス様だけど、私と目が合ったら、優しく微笑んでくれた。

「サラ、無事だったか?」
「はい。私は大丈夫です。助けに来てくださって、ありがとうございます」
「気にするな。寧ろ遅くなって悪かった」
「いいえ、来てくださって、とても嬉しいですし、凄く心強いです。……あの、セス様は大丈夫ですか?」
 何だかセス様の顔色が悪く、疲れているように感じて尋ねてみる。

「心配するな。俺は問題ない」
「本当かよ? 森の中に氷の長距離トンネル作って、魔獣を防ぎながら徹夜で移動して、流石のお前でも、ほぼ魔力切れ状態で疲れている筈だ。後でゆっくり休めよ」
 ジョーさんの指摘に、私は目を剥いた。

「セス様、本当に大丈夫なのですか!?」
「問題ないと言った。それに、魔獣と出くわす度に率先して大技を使っていたお前の方こそ、魔力が底をついているだろう。ずっと風で索敵をしてくれていたジャンヌもな」
「お、俺は平気だっつーの!」
「私も、まだ大丈夫です」

 ジョーさんもジャンヌさんも強がっているが、セス様同様に顔色が優れない。周囲を見回してみると、他の人達も、疲労が見え隠れしていることに気づく。どうやら、国境警備軍の皆さんに、多大なるご迷惑をおかけしてしまったみたいで、私は居た堪れなくなった。

「あの、皆さん、本当にすみませんでした!! 助けに来てくださって、ありがとうございます!」
「え、奥様!?」
「サ、サラさん、顔を上げてください!」
 皆さんに深々と謝罪したら、なぜか慌てられてしまった。

「サラさんを助けられて、本当に良かったです。サラさんは俺の命の恩人ですから」

 笑顔でそう言ってくれたのは、ジムさんだ。以前、魔獣に大怪我を負わされた時に、私がおまじないで助けたことがある。でも、命の恩人と言われるのは、少し大袈裟だと思うのだけど。

「俺の兄も、魔獣に怪我を負わされて軍を辞める羽目になり、後遺症に悩まされていたのですが、奥様のお蔭ですっかり治ったんですよ」
「俺が凄くお世話になった先輩も、サラさんのおまじないで、傷が治ったんです」
「いつも俺達を気にかけて、差し入れもしてくださっていた奥様を助けられて、俺達も嬉しいんですよ」

 皆さんが口々に温かい言葉をかけてくれる人達に、私の胸は熱くなる。

「皆さん……。本当に、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「いいってことよ」
「奥様が無事でよかったです!」

 国境警備軍は、本当にいい人達ばかりだな、と有り難く思いながら、私達は城に移動した。魔力切れ寸前のセス様達にはゆっくり休んでもらい、私は早速今日の分の魔除けのおまじないを作ることにする。

(警備をしてもらっているとはいえ、負担の軽減にもなるし、絶対にあった方が良いものね)

「奥様、軽食をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」

 数枚描き上げた所で、アガタさんが差し入れを持ってきてくれた。そう言えば朝から何も食べていなかったことに気づき、途端に空腹を覚える。

 休憩ついでにアガタさんから聞いた話によると、ヴァンス達の扱いについては、国境警備軍で議論した結果、拘束して牢に入れておくよりは、城の仕事や警備の手伝い等をさせる方が良いだろう、ということになり、全員解放されたそうだ。キーラさん達には多少お世話になったこともあり、少し安堵する。
 因みにヴァンスは、私よりもずっと多くの枚数のおまじないを作ることができるらしいので、一室に閉じ込めて、監視付きで作業させているとのことだ。最初はヴァンスが反発して抵抗したそうだけど。

「俺の妻を誘拐したのだから、腕の一本でも切り落としてやろうか」

 と、セス様が剣を突き付けて脅したら、素直に言うことを聞いたそうだ。流石はセス様だ。
 その時のセス様の顔が、見たこともない程とても怖かった、とアガタさんは少々青褪めながら語っていたが、私は怖いセス様が全く想像できなくて、首を傾げたのだった。

 その後もおまじないを作っていたら、お昼を過ぎた頃、昼食の準備ができたから一緒にどうだ、というセス様からのお誘いをアガタさんが知らせに来てくれた。久し振りのセス様との食事が嬉しくて、私はすぐに食堂に向かう。他の人達も休憩しに来ていて、食堂はごった返していた。

「魔力が戻り次第、キンバリー辺境伯領に戻ろう。ここでは全員分の食事を用意し続けるのは難しいようだ」
 キーラさん達に用意してもらった食事をとりながら、セス様が呟く。

 城の畑で収穫した少しの野菜と、城の周辺で摘んできた山菜や木の実や薬草、蓄えてあった僅かばかりの干し肉では、食欲が旺盛な国境警備軍の皆さんには足りていないだろう。私も早くキンバリー辺境伯家に帰りたいこともあり、セス様の言葉に頷く。

「それはいいが、セス、ネーロ国の連中はどうする気だ?」
 同じテーブルに着いているジョーさんが尋ねてきた。

「どうもしない。ここで暮らしたいのならば、好きにすればいい。ただし、二度と俺達に手出ししないと誓えるのなら、だがな」
 語尾を強調しながら、セス様が答える。

「随分寛大だな。サラちゃんを誘拐した主犯のヴァンスくらいは連行して、罪を償わせるくらいはするかと思ったが」
「そうしたいのは山々だが、一応あれでも連中には慕われているらしいからな。下手に連行して、奴を取り戻そうと、残りの者共にまた良からぬことを企まれるよりはマシだ」
「それもそうね」
 セス様の意見に、ジャンヌさんも頷いた。

「だが、当事者であるサラが、奴を罰してほしいと言うのなら、話は別だ。どうだ? サラ」
 急にセス様に話を振られて、私は目を丸くする。

「……そうですね。ヴァンスにはとても腹が立っていますが、ネーロ国の人達を巻き込んだり、悲しませたりしてまで罰を受けさせるつもりはないので、今後二度とこのようなことが起こらないのなら、別にそこまでは望みません」
「やはりな。お前ならそう言うと思っていた」
 セス様が微笑み、私は笑顔を浮かべる。

 流石はセス様だ。私のことをちゃんと分かってくれている。
 ヴァンスのしたことは許せないが、あれでもまだ生まれたばかりの、何の罪もない赤ちゃんの父親でもあるのだ。ブルーナさんという奥さんもいることを思えば、あまり酷い罰を受けさせるのも躊躇われた。二度とこんなことをしないのであれば、後はセス様達の判断に任せたい。

 食料事情も考慮しながら、セス様達の魔力回復を待ち、魔除けのおまじないも少しばかり作り溜めることにして、私達は数日後に、漸くキンバリー辺境伯領を目指すことになった。
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