【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
22.面会
国境警備軍がネーロ国に来てから、二日が経った。セス様達の魔力は、大分回復してきたらしい。
「明朝にはキンバリー辺境伯領に向けて出発できるだろう。待たせたな、サラ」
「いいえ、セス様達の体調が第一ですから。私のことはお気になさらず、しっかり休まれてください」
朝食にシカ肉が入ったシチューを頂きながら、セス様と話す。
このシカ肉は、昨日ジョーさん達が狩ってきてくれたものだ。ネーロ国の質素な食事に耐えかねて、まだ魔力も十分回復していないのに、何人かの部下の人達を引き連れて、森に行って狩りをしてきたらしい。案の定、魔獣と出くわして戦う羽目になり、魔力を使わずに倒すのは骨が折れた、と苦笑しながらも、シカやウサギを持ち帰ってくれたのだ。お蔭で、私達は久し振りに美味しい料理を、お腹いっぱいになるまで食べることができた。
その効果もあるのか、セス様や国境警備軍の人達の顔色は良くなり、疲労も取れてきたようで、私は安堵している。無理はしないでほしいけれど、漸くキンバリー辺境伯家に帰れるのだと思うと、明日がとても待ち遠しい。
だけど明日以降は、また魔獣が出る森をずっと進んでいかなくてはならない。その為にも、魔除けのおまじないをできるだけ作っておかなければ。万が一、怪我人が出てしまった時にも備えて、治癒のおまじないも作っておきたい。
(今日も少し多めに作っておこう……)
セス様から頂いた魔石に頼りすぎるのは良くないと分かっているが、今必要とされているおまじないを、できるだけ多く作りたくて、私は今日も十数枚作ることにした。
(これで七枚……)
昼前に作ったおまじないの枚数を確認して、一息ついた時、見計らったかのように扉がノックされた。
「奥様、旦那様がお呼びです」
「ありがとうございます」
呼びに来てくれたアガタさんと、セス様の所に移動すると、セス様は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「セス様、どうかしましたか?」
私が尋ねると、セス様は深い溜息をついて、嫌々と言った様子で話し出す。
「お前を攫った張本人であるヴァンスが、どうしてもお前に会わせろと言っている。ずっと突っぱねていたが、かなりしつこくてな。とうとう、お前に会わせないのなら、まじないを描かないと言ってきたそうだ」
「そ、そうですか……」
正直、ヴァンスの顔など見たくもない。だけど、キンバリー辺境伯領への移動や、この土地に残るネーロ国の人達の事を考えると、ヴァンスが作るおまじないはどうしても必要だ。それに、ネーロ国の為に、私を攫っておまじないを作らせるつもりだったはずのヴァンスなら、おまじないの必要性を誰よりも分かっているはず。そのヴァンスが、おまじないを作らないと口にするなんて、余程のことなのかもしれない。
「……分かりました。会ってみます」
気乗りはしなかったが、仕方なくヴァンスが閉じ込められている部屋へと向かう。セス様も一緒についてきてくれたので、心強い。
「入るぞ」
セス様が扉をノックし、入室するのに続いて、私も部屋に入る。室内にいた見張りの人達が私達に敬礼する中、ヴァンスを一目見た私は、ギョッとして目を剥いた。
「……どうしたの? その顔」
ヴァンスの顔はボコボコに腫れていて、一見誰だか分からないくらいだった。セス様には遠く及ばないが、折角そこそこ整っていた顔が台無しである。
「……お前を誘拐した腹いせに、その旦那にやられたんだよ」
ヴァンスはセス様を見やる。おそらく睨んでいるのだろうが、顔が腫れすぎていてよく分からない。
「フン。俺の妻を誘拐し、我が国境警備軍を動員させ、多大な迷惑をかけた報いが、たったそれだけで済んでいるんだ。本来ならばヴェルメリオ国の法律にのっとり、厳罰に処せられた上に、賠償金をたんまりと納めなければならんのだからな。寧ろ感謝するべきだろう」
冷たく睨み返すセス様の返答に、ヴァンスは舌打ちをする。だけど、私はセス様の意見に同意だ。
「その通りですね、セス様。それに、それくらいの怪我なら、治癒のおまじないを使えばすぐ治るでしょう」
「魔傷治癒の魔札のことか。確かに魔札を使えばすぐ治るが、そんなことをしたら、その旦那にもう一度ボコボコにされるらしいからな」
不貞腐れた様子のヴァンスだが、私を誘拐して、国境警備軍の人達に多大なる迷惑をかけたことを考えれば、セス様の言う通り、刑が軽すぎる。
「貴方がしたことを考えれば、可愛いものでしょう。もう少し痛い目に遭っていてもいいくらいだわ」
「随分と酷い言われようだな。俺はネーロ国の為を思って行動したまでだ。お前もネーロ国王族の血が流れているのなら、この地に残って国の為に尽くしたらどうなんだ」
相変わらず偉そうな口調のヴァンスに、私はむっとする。
「生憎だけど、私は生まれも育ちもヴェルメリオ国だし、今はキンバリー辺境伯夫人でも、フォスター伯爵でもあるわ。慣れ親しんだヴェルメリオ国の人々に、土地に愛着があるけれど、ネーロ国のことは最近知ったばかりだし、ネーロ国の王族だという自覚もない。私はヴェルメリオ国の人間だし、これからもずっとそうでありたいと思っているから、悪いけどここには残らないわ」
「辺境伯夫人だか伯爵だか知らんが、そんなものはいくらでも代えがきくだろうが。魔札を作れるネーロ国王族の血を引く者は、貴重で代わりがいないんだ。愛着も自覚もそのうち湧いてくる。お前はネーロ国に残るべきだ」
セス様の妻である、キンバリー辺境伯夫人を、別人でも、なんて言われて、私は怒りを覚えた。
「嫌よ! 他ならともかく、セス様の妻は私だけなんだから!!」
思わず大声で宣言してしまってから、私は我に返る。そっと視線を移動させると、見張りの人達は目を丸くした後、微笑ましそうな表情に変わっていた。恐る恐るセス様を見やると、ヴァンスを冷たく睨んでいたはずのセス様は、満足げな笑みを浮かべて私を愛しげに見つめていた。
(ま、またやっちゃった……!)
急に恥ずかしくなってしまった私は、慌てて踵を返す。
「そ、そんなことを言いたいだけだったのなら、私は帰るわ!」
折角足を運んだのに、あまり反省していなさそうな態度のヴァンスに、失望して部屋を出て行こうとしたら、ヴァンスが急に焦り出した。
「ま、待て! まだ何も言っていないだろう!」
「……だったらさっさと言いなさいよ」
またおまじないを作りに部屋に戻りたい所だったけれど、一応足を止めて促す。ヴァンスは少しの間、視線を泳がせて言い淀んでいた。
「……取り敢えず、サラと二人になりたい所なんだが……」
「嫌よ」
「サラの夫として、許可できんな」
ヴァンスの要望に、私とセス様は即答する。
「……だろうな。だったら、見張りだけでも外してもらえるか」
「……まあいいだろう」
セス様が許可を出し、見張りの人達が退室した。これで部屋には、私とセス様とヴァンスの三人だけになった。
「明朝にはキンバリー辺境伯領に向けて出発できるだろう。待たせたな、サラ」
「いいえ、セス様達の体調が第一ですから。私のことはお気になさらず、しっかり休まれてください」
朝食にシカ肉が入ったシチューを頂きながら、セス様と話す。
このシカ肉は、昨日ジョーさん達が狩ってきてくれたものだ。ネーロ国の質素な食事に耐えかねて、まだ魔力も十分回復していないのに、何人かの部下の人達を引き連れて、森に行って狩りをしてきたらしい。案の定、魔獣と出くわして戦う羽目になり、魔力を使わずに倒すのは骨が折れた、と苦笑しながらも、シカやウサギを持ち帰ってくれたのだ。お蔭で、私達は久し振りに美味しい料理を、お腹いっぱいになるまで食べることができた。
その効果もあるのか、セス様や国境警備軍の人達の顔色は良くなり、疲労も取れてきたようで、私は安堵している。無理はしないでほしいけれど、漸くキンバリー辺境伯家に帰れるのだと思うと、明日がとても待ち遠しい。
だけど明日以降は、また魔獣が出る森をずっと進んでいかなくてはならない。その為にも、魔除けのおまじないをできるだけ作っておかなければ。万が一、怪我人が出てしまった時にも備えて、治癒のおまじないも作っておきたい。
(今日も少し多めに作っておこう……)
セス様から頂いた魔石に頼りすぎるのは良くないと分かっているが、今必要とされているおまじないを、できるだけ多く作りたくて、私は今日も十数枚作ることにした。
(これで七枚……)
昼前に作ったおまじないの枚数を確認して、一息ついた時、見計らったかのように扉がノックされた。
「奥様、旦那様がお呼びです」
「ありがとうございます」
呼びに来てくれたアガタさんと、セス様の所に移動すると、セス様は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「セス様、どうかしましたか?」
私が尋ねると、セス様は深い溜息をついて、嫌々と言った様子で話し出す。
「お前を攫った張本人であるヴァンスが、どうしてもお前に会わせろと言っている。ずっと突っぱねていたが、かなりしつこくてな。とうとう、お前に会わせないのなら、まじないを描かないと言ってきたそうだ」
「そ、そうですか……」
正直、ヴァンスの顔など見たくもない。だけど、キンバリー辺境伯領への移動や、この土地に残るネーロ国の人達の事を考えると、ヴァンスが作るおまじないはどうしても必要だ。それに、ネーロ国の為に、私を攫っておまじないを作らせるつもりだったはずのヴァンスなら、おまじないの必要性を誰よりも分かっているはず。そのヴァンスが、おまじないを作らないと口にするなんて、余程のことなのかもしれない。
「……分かりました。会ってみます」
気乗りはしなかったが、仕方なくヴァンスが閉じ込められている部屋へと向かう。セス様も一緒についてきてくれたので、心強い。
「入るぞ」
セス様が扉をノックし、入室するのに続いて、私も部屋に入る。室内にいた見張りの人達が私達に敬礼する中、ヴァンスを一目見た私は、ギョッとして目を剥いた。
「……どうしたの? その顔」
ヴァンスの顔はボコボコに腫れていて、一見誰だか分からないくらいだった。セス様には遠く及ばないが、折角そこそこ整っていた顔が台無しである。
「……お前を誘拐した腹いせに、その旦那にやられたんだよ」
ヴァンスはセス様を見やる。おそらく睨んでいるのだろうが、顔が腫れすぎていてよく分からない。
「フン。俺の妻を誘拐し、我が国境警備軍を動員させ、多大な迷惑をかけた報いが、たったそれだけで済んでいるんだ。本来ならばヴェルメリオ国の法律にのっとり、厳罰に処せられた上に、賠償金をたんまりと納めなければならんのだからな。寧ろ感謝するべきだろう」
冷たく睨み返すセス様の返答に、ヴァンスは舌打ちをする。だけど、私はセス様の意見に同意だ。
「その通りですね、セス様。それに、それくらいの怪我なら、治癒のおまじないを使えばすぐ治るでしょう」
「魔傷治癒の魔札のことか。確かに魔札を使えばすぐ治るが、そんなことをしたら、その旦那にもう一度ボコボコにされるらしいからな」
不貞腐れた様子のヴァンスだが、私を誘拐して、国境警備軍の人達に多大なる迷惑をかけたことを考えれば、セス様の言う通り、刑が軽すぎる。
「貴方がしたことを考えれば、可愛いものでしょう。もう少し痛い目に遭っていてもいいくらいだわ」
「随分と酷い言われようだな。俺はネーロ国の為を思って行動したまでだ。お前もネーロ国王族の血が流れているのなら、この地に残って国の為に尽くしたらどうなんだ」
相変わらず偉そうな口調のヴァンスに、私はむっとする。
「生憎だけど、私は生まれも育ちもヴェルメリオ国だし、今はキンバリー辺境伯夫人でも、フォスター伯爵でもあるわ。慣れ親しんだヴェルメリオ国の人々に、土地に愛着があるけれど、ネーロ国のことは最近知ったばかりだし、ネーロ国の王族だという自覚もない。私はヴェルメリオ国の人間だし、これからもずっとそうでありたいと思っているから、悪いけどここには残らないわ」
「辺境伯夫人だか伯爵だか知らんが、そんなものはいくらでも代えがきくだろうが。魔札を作れるネーロ国王族の血を引く者は、貴重で代わりがいないんだ。愛着も自覚もそのうち湧いてくる。お前はネーロ国に残るべきだ」
セス様の妻である、キンバリー辺境伯夫人を、別人でも、なんて言われて、私は怒りを覚えた。
「嫌よ! 他ならともかく、セス様の妻は私だけなんだから!!」
思わず大声で宣言してしまってから、私は我に返る。そっと視線を移動させると、見張りの人達は目を丸くした後、微笑ましそうな表情に変わっていた。恐る恐るセス様を見やると、ヴァンスを冷たく睨んでいたはずのセス様は、満足げな笑みを浮かべて私を愛しげに見つめていた。
(ま、またやっちゃった……!)
急に恥ずかしくなってしまった私は、慌てて踵を返す。
「そ、そんなことを言いたいだけだったのなら、私は帰るわ!」
折角足を運んだのに、あまり反省していなさそうな態度のヴァンスに、失望して部屋を出て行こうとしたら、ヴァンスが急に焦り出した。
「ま、待て! まだ何も言っていないだろう!」
「……だったらさっさと言いなさいよ」
またおまじないを作りに部屋に戻りたい所だったけれど、一応足を止めて促す。ヴァンスは少しの間、視線を泳がせて言い淀んでいた。
「……取り敢えず、サラと二人になりたい所なんだが……」
「嫌よ」
「サラの夫として、許可できんな」
ヴァンスの要望に、私とセス様は即答する。
「……だろうな。だったら、見張りだけでも外してもらえるか」
「……まあいいだろう」
セス様が許可を出し、見張りの人達が退室した。これで部屋には、私とセス様とヴァンスの三人だけになった。