【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

25.ヴェルメリオ国へ

 その後、私もヴァンスも、ほぼ魔力を使い果たしている状態だとのことで、安静にするよう言い渡された。翌日になって、私はセス様から貰ったブローチのお蔭もあり、魔力も多少回復したけれど、おまじないを作ることは禁じられてしまっている。

(ふーん……。色々なおまじないがあるのね……)

 私は部屋で、ヴァンスから借りた例の本を読んでいた。この本はネーロ国に残った希少な財産で、今後は門外不出にする予定らしい。だけど、ヴェルメリオ国に帰る前に読んでおきたいと私が頼んだら、ヴァンスはあっさり貸してくれた。どういう風の吹き回しか知らないけれど。

(色々なおまじないがあるけれど、私の魔力で使えそうなおまじないは、あまりないわね。こうして見ると、私の魔力は、結構少ない方なんだわ……)

 本に描かれているおまじないは、魔力の消費が多いものが殆どで、私では使いこなせそうにないものばかりだ。私でも使えそうなものと言ったら、既に使っている魔除けのおまじないと治癒のおまじないの他は、魔獣を呼び寄せると言った、使い道のなさそうなものだった。もしかしたら、ヴァンスはこのことが分かっていたから、私に貸したのかもしれない、なんて疑いたくなってくる。

(私では、宝の持ち腐れだと言いたいのかしら)

 セス様が、必要ならこの本を今回の騒動の賠償金代わりに提出させると言ってくれていたが、それは遠慮しておこう。ネーロ国の人々の為にも、この本はヴァンスが持つべきだ。
 ……絶対に悪用しない、という条件付きだけど。

(それにしても、本当に凄い効果を持つおまじないが沢山あるのね。魔獣追跡の魔札に、魔獣忌避の魔札、魔獣静止の魔札……。あれ、これくらいの魔力量なら、私でも使えそう……?)

 消費する魔力は多いけれども、使えそうなおまじないを見つけた私は、その模様を写すことにした。こうしておけば、ヴェルメリオ国に帰ってからも、写しを見ながら複製していくこともできるし、万が一必要になった時には、魔力さえ込めれば、もしかしたら使うことができるかもしれない。

「失礼致します。奥様、昼食の準備ができたと……。奥様、おまじないは旦那様に禁じられていたのでは?」
「ち、違います! これは模様を写しておくだけで……。魔力を込めなければ大丈夫ですよね!?」

 昼食を知らせに入室してきたアガタさんに、おまじないを写している所を見られ、胡乱な目をされてしまって、私は必死に言い訳する。

「本当ですか? 奥様は放っておけば、すぐに無理をなさりますから……。少しはお身体ご自愛ください」
「はい……。気を付けます……」
 呆れたように溜息をつくアガタさんに、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 昼食を終えてからも、私はおまじないの写しに勤しみ、日が沈む頃には、有用だと思うものは全て写すことができた。

(ふう……。とても勉強になったし、私でも使えそうなものがあって良かったわ。セス様や皆さんの役に立てればいいんだけど……)

 私を助けるために、セス様も国境警備軍の人達も、魔獣が出るとても危険な森を通り抜けて、遥々ネーロ国にまで来てくれたのだ。これからヴェルメリオ国に帰るためには、また森を通らなければならない。危険極まりない道中で、少しでも皆の負担を軽減できれば、と私は願わずにはいられなかった。

 ***

 数日後、私達の魔力は完全に回復し、その翌日に結界は消失した。今度はヴァンスが一人でおまじないに魔力を込め、再び結界を張る。

「……思った通り、魔力が十分な状態なら、俺一人でできるようだな……。これで、今後も何とか、ネーロ国で過ごせそうだ……」
 魔力をほぼ使い果たし、肩で息をしながらも、ヴァンスはどこか嬉しそうだ。

「毎回魔力を殆ど使い果たしているけど、大丈夫なの?」
「確かに大変だが、何とかなるだろう……。魔獣結界の魔札の存在を知る前も、魔獣排除の魔札だけで、暫く過ごせていたくらいだからな……。魔獣結界の魔札は、いざと言う時に絶対に安心できる切り札として温存し、普段は魔獣排除の魔札で、魔力を温存しておいてもいい……」
「そうね。それなら何とかやっていけそうね」
 ヴァンスの返答に、私も胸を撫で下ろした。

「ならば俺達は帰るぞ。日が出ているうちに、森の中の小屋まで辿り着いておきたいからな」

 セス様が馬に飛び乗る。私とアガタさんは、来た時と同様に、キンバリー辺境伯家の馬車に乗り込んだ。

「本当にありがとうございました。城の修復や、畑仕事を手伝ってくださった上に、食料の確保まで……」
「お蔭様で、干し肉の備蓄までできました。これで当分は安心です」
「森の入り口付近にいる魔獣も、粗方討伐してくださったそうで、本当に助かりました」
 見送りに来てくれたネーロ国の人々も、口々にお礼を口にする。

「別に大したことじゃねえよ。ここにいても、それくらいしかすることなかったしな」
 ジョーさんが照れ臭そうに笑った。

「俺達の帰りの食料を調達する、ついでですよ。こちらこそ、できた干し肉や食料を分けてもらって、助かります」
「畑仕事も、いい運動になりましたし」
「魔獣討伐も、いい訓練になりましたよ。暫くは安全でしょうから、俺達も安心して帰れます」
 兵士の人達も笑顔で口にする。

 どうやら国境警備軍の人達は、ネーロ国の滞在中に、ネーロ国の人々に色々と手を貸していたようだ。そう言えば、ここに来た時と比べると、城の庭の畑が広くなっていたし、倉庫の食料も増えて、日々の食事も充実していた。ネーロ国の人々の表情も随分と明るくなっていて、私は改めて、国境警備軍の人達に尊敬の眼差しを送る。

「サラ様、短い間でしたが、本当にありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、キーラさんにはお世話になりました」
 涙ぐんでいるキーラさんと、別れの言葉を交わす。

「あの、サラ様。私の為に、魔札を作ってくださったと伺いました。本当にありがとうございました」

 一人の男性が恐る恐る声をかけてきて、深々と頭を下げた。あの時、私を追いかけてきて、瓦礫の下敷きになってしまった人だ。

「あれからサラ様にお目にかかる機会がなく……。お礼を申し上げるのが遅くなってしまい、申し訳ございません」
「いいえ。元気になられたのなら、本当に良かったです」
 今はすっかり怪我も治って元気そうな男性に、私もほっとして微笑んだ。

「……サラ、本当にすまなかった。……礼を言う」
 今度はヴァンスが、両脇を支えられながら歩み寄ってきた。

「……お前達には、色々世話になった。感謝してもしきれない」
 ヴァンスが珍しく殊勝な態度で頭を下げる。

「もう何かあっても、人を誘拐しようだなんて考えないでよね」
「分かっている」
 私が睨むと、ヴァンスは真面目な表情で頷いた。

「だがサラ、旦那に嫌気が差すようなことがあれば、いつでもネーロ国に来い。歓迎してやる」
「お生憎様。そんなことは絶対にありえないわ」
 どこか揶揄うようなヴァンスの言葉に、ムッとしながら反論する。

「何なら二人目の妻にしてやってもいいぞ」
「絶対にお断りよ!! 貴方にはブルーナさんがいるでしょう!?」
 私が声を荒らげると、ヴァンスは楽しそうに笑った。

「なら、お前に娘が生まれたら、俺の息子の嫁に寄こせ」
「嫌よ!!」
「さっきから黙って聞いていれば。死にたいのか貴様」
 いつの間にか近くに来ていたセス様に、喉元に剣を突きつけられ、ヴァンスは一瞬で真っ青になった。

「この事態を引き起こしておきながら、全く反省していないようだな。やはり多少殴るだけでは足りなかったか。この場で首を刎ねておくか」
「いや! 反省している! 少し調子に乗っただけだ! すまなかった!!」

 セス様に氷のような視線で睨まれ、青褪めながら必死に謝るヴァンス。
 ……格好悪い。

「……セス様、ヴァンスを殺したら、折角のネーロ国の結界が無くなってしまいますので。お気持ちは分かりますが……」
 呆れて溜息をつきながらも、私は一応、助け舟を出してやる。

「……フン。貴様がサラの従兄でなかったら、腕の一本でも切り落としている所だ。サラに感謝するんだな」
 セス様はまだご立腹のようだったが、何とか剣を収めてくれた。

「……あのっ!」
「はい?」
 切羽詰まった声に振り向くと、ブルーナさんが私を見つめていた。

「……私、貴女が、無理矢理連れて来られたなんて知らなくて……。てっきり、ネーロ国の王妃の座を狙っているのかと思っていて……。色々と、すみませんでした。それから……ありがとうございました」
 ブルーナさんは少し複雑そうな表情を浮かべながらも、私に向かって深々と頭を下げた。

(……きっと、ブルーナさんにも、色々と思う所があったんだろうな)

 私は今までのブルーナさんの表情や態度を思い出す。
 最初は私を睨んで敵意を向けていたけれど、最後にはこうして私にお礼を言ってくれた。きっと、ブルーナさんという奥さんがいるにもかかわらず、ネーロ国の為という口実で、ヴァンスが私に手を出そうとしていたから、彼女も心中穏やかでなかったに違いない。

「……どう致しまして。ヴァンス、貴方ちゃんとブルーナさんを大切にしなさいよ」
「……ああ」
 私がヴァンスを睨むと、ヴァンスは気まずそうに目を逸らしていた。

「今からヴェルメリオ国に帰還する! 出発!!」

 セス様の号令で、軍が動き出し、馬車が走り始める。私は馬車の窓から、手を振るネーロ国の人々を、遠ざかっていく城を、街や村の風景を見つめていた。

(ここが、お母さんの生まれ育った国……。色々あったけれど、ここに来られたことは、良かったわ)

 キーラさんからお母さんの話が聞けたことや、色々なおまじないのことを知ることができたのは、素直に嬉しかった。そういう意味では、私をこの地に連れて来たヴァンスに、少しは感謝してもいいかもしれない。
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