【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
26.薬草茶
森に入ってから暫くの間は、魔獣に遭遇することもなく、順調に進んだ。ネーロ国にいる間に、国境警備軍の人達が、食料調達がてら、近くにいる魔獣はほぼ討伐してくれていたからに違いない。
昼過ぎになると、少しばかり作っておいた魔除けのおまじないの効果も切れたようで、次第に魔獣に出くわすようになってきた。だけど、その度にジョーさんを先頭に、国境警備軍の人達が難なく撃退してくれた。お蔭で予定より少し早く、夕方には今日の目的地であった小屋に到達することができた。
「皆、ご苦労だった。恐らく明日からは過酷な行程になるだろうから、休める時は休んでおいてくれ」
国境警備軍の人達は、交代で見張りを行ってくれるそうだ。だけど、まるで戦力にならない私とアガタさんは、一晩中ゆっくり休んでくれと言われてしまった。何だか申し訳ない……。
「私達だけ、ゆっくり休んでしまって、いいのでしょうか……?」
どうやらアガタさんも、同じことを思っていたようだ。
「そうですよね……。かと言って、見張りは流石に私達には務まらないでしょうし……」
私とアガタさんが見張りに立っても、戦力になるどころか、逆に皆さんの足手まといになってしまうことは目に見えている。だからと言って、皆さんは私達を助けるために、大変な苦労をしてまで遥々ネーロ国に来てくれて、今もなお私達を守ってくれているのに、お言葉に甘えてゆっくり寝るだなんて、どうしても気が咎めてしまう。
(何か、私達にできることはないかしら。……そうだ)
私はふと、キーラさんのことを思い出した。ネーロ国に来たばかりの私に、薬草茶を出しておもてなしをしてくれて、少し緊張がほぐれたのだ。
もうすぐ日が沈むから、お茶よりも夕食の方がいいだろうか。
「アガタさん、皆さんお疲れでお腹も空いていらっしゃるでしょうから、私達も食事の支度をお手伝いできないかしら?」
私が尋ねると、アガタさんは表情を明るくした。
「そうですね! 聞いてみましょう!」
私達は連れ立ってセス様の所に行ってみたが、ジョーさんとジャンヌさんと打ち合わせをしている最中のようだった。邪魔をするのも憚られたので、近くにいた兵士の人を捕まえて聞いてみる。
「ええ!? 大丈夫ですよ、各自分配された干し肉等の保存食を携帯していますので、奥様方のお手を煩わせる訳には……」
やんわりと断られてしまい、アガタさんと困り顔を見合わせる。
「……せめて、温かい飲み物くらいはあっても困りませんよね?」
「アガタさん、こうなったらもう、私達で勝手にやっちゃいましょう!」
アガタさんと二人、小屋の中をうろついて、小さな調理場を見つけて入る。戸棚の中にあった大きな鍋を見つけ、近くにあった薪をくべて、アガタさんにお湯を沸かしてもらっている間に、私は小屋の周囲に自生していた薬草を摘んできた。作り方をキーラさんに詳しく教わったと言うアガタさんに教えてもらいながら、二人で薬草を煮出す。
「これでよし、と。……やっぱり苦いわね」
「身体は温まりますが……」
アガタさんも顔を顰めている。キーラさん曰く、身体には良いらしいが、皆さんに飲んでもらうなら、やはり味を何とかしたい。
「サラ、何をしている?」
「セス様。もうお話は終わったのですか?」
アガタさんと困っていたら、セス様が調理場に入ってきた。
「ああ。これは何だ?」
セス様が薬草茶を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
「皆さんに温かい飲み物をお出ししたくて、ネーロ国でキーラさんに教えてもらった薬草茶を作ってみたのです。身体には良いらしいのですが、どうにも味が苦くて……」
「確かに苦いな。……少し待っていろ」
薬草茶を口に含んで顔を歪めたセス様は、調理場の勝手口から外に出て行った。すぐに戻ってきたセス様は、氷漬けになった蜂の巣を手にしていた。
「セス様、それはどうされたのですか?」
「先程小屋の近くで見つけて、滞在している間に誰か刺されないか多少気になっていたから、ついでだ。蜂蜜を入れれば、少しは味も良くなるだろう」
「ありがとうございます」
一瞬で蜂を駆除して、蜂蜜まで手に入れてしまうなんて、流石はセス様だ。
アガタさんに手伝ってもらって、蜂蜜を薬草茶に入れる。まだ少し苦味はあるけれど、大分飲みやすくなって、私はアガタさんと顔を見合わせて微笑んだ。
「あの、温かい薬草茶です。良かったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
アガタさんと薬草茶を配って回る。温かい飲み物を、皆さん喜んでくれた。鍋いっぱいに作った薬草茶は、あっという間に空になった。
「良かったですね。皆様に喜んでいただけて」
「本当ですね。アガタさんもありがとうございました」
「いいえ。奥様の方こそ、お疲れ様でした」
(自己満足かもしれないけれど、少しは皆さんの役に立てたかな。……立てていたら、いいな)
その日の晩は、少しばかり魔除けのおまじないを作ってから、ありがたく休ませてもらった。
***
翌日は、小屋を出発してすぐに、魔除けのおまじないを全て使い果たし、魔獣との戦いの連続になった。
「右前方から魔獣が来ます!」
「クソ! またかよ!」
私は詳しくは分からないが、昨日から魔獣と戦いっぱなしのジョーさんの消耗が激しいようだ。ジャンヌさんも風魔法を使ってずっと索敵をしてくれているせいか、疲労の色が見え隠れしている。
(私も、何かの役に立てたらいいのだけど……)
馬車の中では揺れが激しくて、緻密な模様のおまじないを描くことができない。皆さん一生懸命戦ってくれているのに、馬車の中から見守ることしかできない自分が歯痒い。
「クッ……! 鬱陶しい!」
セス様が魔獣達を次々に氷漬けにしていく。お蔭で速度を落とさずに森の中を進むことができているが、セス様の魔力が尽きてしまわないか、心配で仕方がない。
(どうか、全員無事で森を抜けられますように……!)
誰か一人でも、万が一のことがあったらと思うと、私は怖くて仕方がなかった。
「だ……大丈夫ですよ、奥様」
隣に座るアガタさんが、そっと励ましてくれる。
「国境警備軍の皆様は、とてもお強いですから。魔獣と戦いながら、ネーロ国にも無事に来てくださったのですから、帰りもきっと大丈夫です」
「え……ええ。そうですよね」
アガタさんの言葉に、私も同意して、気を落ち着かせようとした、その時。
ガオォォォッ!!
辺り一帯に響き渡った咆哮に驚き、何事かと怯えながらも、恐る恐る馬車の外を確認する。
巨大なクマのような魔獣が数頭、私達の行く手に立ち塞がっていて、誰もが愕然としていた。
昼過ぎになると、少しばかり作っておいた魔除けのおまじないの効果も切れたようで、次第に魔獣に出くわすようになってきた。だけど、その度にジョーさんを先頭に、国境警備軍の人達が難なく撃退してくれた。お蔭で予定より少し早く、夕方には今日の目的地であった小屋に到達することができた。
「皆、ご苦労だった。恐らく明日からは過酷な行程になるだろうから、休める時は休んでおいてくれ」
国境警備軍の人達は、交代で見張りを行ってくれるそうだ。だけど、まるで戦力にならない私とアガタさんは、一晩中ゆっくり休んでくれと言われてしまった。何だか申し訳ない……。
「私達だけ、ゆっくり休んでしまって、いいのでしょうか……?」
どうやらアガタさんも、同じことを思っていたようだ。
「そうですよね……。かと言って、見張りは流石に私達には務まらないでしょうし……」
私とアガタさんが見張りに立っても、戦力になるどころか、逆に皆さんの足手まといになってしまうことは目に見えている。だからと言って、皆さんは私達を助けるために、大変な苦労をしてまで遥々ネーロ国に来てくれて、今もなお私達を守ってくれているのに、お言葉に甘えてゆっくり寝るだなんて、どうしても気が咎めてしまう。
(何か、私達にできることはないかしら。……そうだ)
私はふと、キーラさんのことを思い出した。ネーロ国に来たばかりの私に、薬草茶を出しておもてなしをしてくれて、少し緊張がほぐれたのだ。
もうすぐ日が沈むから、お茶よりも夕食の方がいいだろうか。
「アガタさん、皆さんお疲れでお腹も空いていらっしゃるでしょうから、私達も食事の支度をお手伝いできないかしら?」
私が尋ねると、アガタさんは表情を明るくした。
「そうですね! 聞いてみましょう!」
私達は連れ立ってセス様の所に行ってみたが、ジョーさんとジャンヌさんと打ち合わせをしている最中のようだった。邪魔をするのも憚られたので、近くにいた兵士の人を捕まえて聞いてみる。
「ええ!? 大丈夫ですよ、各自分配された干し肉等の保存食を携帯していますので、奥様方のお手を煩わせる訳には……」
やんわりと断られてしまい、アガタさんと困り顔を見合わせる。
「……せめて、温かい飲み物くらいはあっても困りませんよね?」
「アガタさん、こうなったらもう、私達で勝手にやっちゃいましょう!」
アガタさんと二人、小屋の中をうろついて、小さな調理場を見つけて入る。戸棚の中にあった大きな鍋を見つけ、近くにあった薪をくべて、アガタさんにお湯を沸かしてもらっている間に、私は小屋の周囲に自生していた薬草を摘んできた。作り方をキーラさんに詳しく教わったと言うアガタさんに教えてもらいながら、二人で薬草を煮出す。
「これでよし、と。……やっぱり苦いわね」
「身体は温まりますが……」
アガタさんも顔を顰めている。キーラさん曰く、身体には良いらしいが、皆さんに飲んでもらうなら、やはり味を何とかしたい。
「サラ、何をしている?」
「セス様。もうお話は終わったのですか?」
アガタさんと困っていたら、セス様が調理場に入ってきた。
「ああ。これは何だ?」
セス様が薬草茶を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
「皆さんに温かい飲み物をお出ししたくて、ネーロ国でキーラさんに教えてもらった薬草茶を作ってみたのです。身体には良いらしいのですが、どうにも味が苦くて……」
「確かに苦いな。……少し待っていろ」
薬草茶を口に含んで顔を歪めたセス様は、調理場の勝手口から外に出て行った。すぐに戻ってきたセス様は、氷漬けになった蜂の巣を手にしていた。
「セス様、それはどうされたのですか?」
「先程小屋の近くで見つけて、滞在している間に誰か刺されないか多少気になっていたから、ついでだ。蜂蜜を入れれば、少しは味も良くなるだろう」
「ありがとうございます」
一瞬で蜂を駆除して、蜂蜜まで手に入れてしまうなんて、流石はセス様だ。
アガタさんに手伝ってもらって、蜂蜜を薬草茶に入れる。まだ少し苦味はあるけれど、大分飲みやすくなって、私はアガタさんと顔を見合わせて微笑んだ。
「あの、温かい薬草茶です。良かったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
アガタさんと薬草茶を配って回る。温かい飲み物を、皆さん喜んでくれた。鍋いっぱいに作った薬草茶は、あっという間に空になった。
「良かったですね。皆様に喜んでいただけて」
「本当ですね。アガタさんもありがとうございました」
「いいえ。奥様の方こそ、お疲れ様でした」
(自己満足かもしれないけれど、少しは皆さんの役に立てたかな。……立てていたら、いいな)
その日の晩は、少しばかり魔除けのおまじないを作ってから、ありがたく休ませてもらった。
***
翌日は、小屋を出発してすぐに、魔除けのおまじないを全て使い果たし、魔獣との戦いの連続になった。
「右前方から魔獣が来ます!」
「クソ! またかよ!」
私は詳しくは分からないが、昨日から魔獣と戦いっぱなしのジョーさんの消耗が激しいようだ。ジャンヌさんも風魔法を使ってずっと索敵をしてくれているせいか、疲労の色が見え隠れしている。
(私も、何かの役に立てたらいいのだけど……)
馬車の中では揺れが激しくて、緻密な模様のおまじないを描くことができない。皆さん一生懸命戦ってくれているのに、馬車の中から見守ることしかできない自分が歯痒い。
「クッ……! 鬱陶しい!」
セス様が魔獣達を次々に氷漬けにしていく。お蔭で速度を落とさずに森の中を進むことができているが、セス様の魔力が尽きてしまわないか、心配で仕方がない。
(どうか、全員無事で森を抜けられますように……!)
誰か一人でも、万が一のことがあったらと思うと、私は怖くて仕方がなかった。
「だ……大丈夫ですよ、奥様」
隣に座るアガタさんが、そっと励ましてくれる。
「国境警備軍の皆様は、とてもお強いですから。魔獣と戦いながら、ネーロ国にも無事に来てくださったのですから、帰りもきっと大丈夫です」
「え……ええ。そうですよね」
アガタさんの言葉に、私も同意して、気を落ち着かせようとした、その時。
ガオォォォッ!!
辺り一帯に響き渡った咆哮に驚き、何事かと怯えながらも、恐る恐る馬車の外を確認する。
巨大なクマのような魔獣が数頭、私達の行く手に立ち塞がっていて、誰もが愕然としていた。