【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

27.新しいおまじない

「でかい……!!」
「何だあいつは!?」

 国境警備軍の人達ですら戸惑う程の巨大な魔獣達は、一斉に私達に襲いかかって来た。

「マジかよ!? クソ! やってやるぜ!!」
 ジョーさんが剣に炎をまとわせて、先頭の魔獣に切りかかる。

 グアオォォォ!!

 先頭の魔獣がジョーさんに右前足を切り飛ばされて倒れたけれども、すぐに二頭目の魔獣がジョーさんに前足を振り下ろした。

「ウワアァァッ!?」

 ジョーさんの悲鳴と共に、血飛沫が上がり、ジョーさんが乗っていた馬ごと倒れてしまう。

「ジョーさん!!」
 私は顔から血の気が引くのを感じながら、思わず叫んでいた。

「ジョー!!」
「副司令官!!」
「よくもジョーをッ!!」

 ジャンヌさんが風の刃を飛ばして、魔獣達を切り刻む。魔獣達は多少怯んだようだが、今度はジャンヌさん目がけて襲いかかった。

「ジャンヌ!!」

 セス様が咄嗟に魔獣の前足を凍らせたけど、前足はそのまま振り下ろされ、ジャンヌさんは馬ごと吹き飛ばされてしまった。

「隊長!!」
「この野郎!!」

 兵士の人達が一斉に魔獣達に切りかかった。魔獣達の爪や牙はセス様が次々に凍らせ、魔獣達の攻撃は弱体化しているが、暴れ狂う魔獣達に、皆さん苦戦している。

(ジョーさんとジャンヌさんが……!!)

 お世話になった親しい人達の危機に、私は半ばパニックになりながらも、咄嗟に懐からおまじないを取り出した。ネーロ国で写しておいた、魔獣静止の魔札と書かれていたおまじないに、無我夢中で魔力を込める。

(お願い!! 皆さんを助けて!!)

「何だ!? 魔獣が止まったぞ!?」
「今のうちだ! かかれ!!」

 国境警備軍の人達の声が聞こえて、私は恐る恐る様子を窺う。前足を高く振り上げたまま、動かなくなった魔獣は、国境警備軍の人達の手によって討伐された。

(良かった……!! ちゃんと使えたんだわ!!)

 魔獣静止の魔札は、魔獣の動きを一時的に止めるものらしい。私の少ない魔力量では、ほんの十数秒程度しか効果がないようだが、今はこれで十分だ。

(ジョーさんと、ジャンヌさんは……!?)

「ジョー!! ジャンヌ!! 無事か!?」
「私は大丈夫です!」

 セス様の呼びかけに、すぐにジャンヌさんの声が返ってきて、私はひとまず安心した。

「ジョー副司令官!!」
「しっかりしてください!!」

 ジョーさんの容体が気になって、私は思わず馬車の扉に手をかける。

「奥様! 危ないです! 馬車から出てはいけません!」
「でも……!」
「お気持ちは分かりますが……!」

 まともに戦う術を持たない私達は、移動中は馬車から絶対に出るなと言われている。外に出た時に魔獣に遭遇してしまえば、国境警備軍の人達は私達を庇いながら、魔獣と戦わなくてはならなくなり、足手纏いにしかならないことは理解しているつもりだった。だけど今は、ジョーさんの所に駆けつけたくて仕方がない。アガタさんが制止してくれていなかったら、私は出るなと言われていたことも忘れて、馬車から飛び出してしまっていたかもしれない。

「ジョー!! しっかりしろ!!」

 セス様がジョーさんのもとに駆け付けた後、暫く辺りは静かになった。馬車の中からでは、兵士の人達に囲まれたジョーさんの様子は分からない。

(一体、どうなっているの……!? ジョーさんは大丈夫なのかしら……!?))

 不安な時間を過ごしていたら、セス様が兵士の人達の囲いから抜け出し、こちらにやって来た。

「セス様! あの、ジョーさんの容体は……!?」
 馬車の近くまで来てくれたセス様に、私は身を乗り出しながら尋ねる。

「問題ない。今、お前の治癒のまじないを与えて、出血は止まった。意識もある。サラ、お前達は無事か?」
「良かった! 私達は大丈夫です。……あれ?」

 セス様の言葉に、心底安堵した私は、急に全身に力が入らなくなり、そのまま座り込んでしまった。

「サラ!? どうした!?」
 セス様が慌てて馬車の中に入って来る。

「だ……大丈夫、です。何だか、急に力が入らなくなって……」
「どう見ても大丈夫ではないだろう」

 まるで人形のように身体が動かせなくなってしまった私を、セス様が抱きかかえて、座席に座り直させてくれた。アガタさんが隣に座り、私を支えてくれる。

「奥様、先程のおまじないのせいではありませんか? 魔力を使い果たされてしまわれたのでは……」

 アガタさんの推測を聞いたセス様が、床に落ちていた紙を見つけて拾い上げる。先程私が使った、魔獣静止の魔札だ。他のおまじないと同じように、半分に破れていた。

「やはり魔獣が急に動きを止めたのは、お前のまじないのお蔭だったのか。助かったが、これ以上は無理をするな。いいな」
「はい」

 役に立てたのなら嬉しいが、セス様に不安げに顔を覗き込まれ、心配をかけてしまったと申し訳なく思いながら返事をする。どのみち身体が上手く動かせないから、これ以上無理のしようがない気がするけど。

「アガタ、サラを頼む」
「はい、畏まりました」

 やがてジョーさんが兵士の人達に担がれて馬車に運び込まれ、国境警備軍は再び森の中を進み始めた。

「ジョーさん、大丈夫ですか?」
 向かいの座席に横たわっているジョーさんに尋ねる。

「ああ。傷も見かけよりは大したことないし、サラちゃんのおまじないのお蔭で、大分痛みもなくなってきたよ。それにしても、格好悪い所見られちまったな」

 へらりと笑うジョーさん。肩から胸に巻かれた包帯が痛々しい。

「格好悪くなんかないです。皆さん、私の為に危険な森を抜けて助けに来てくださって……。私のせいで、お怪我をされる羽目になってしまって、本当に申し訳ありません」
 目に涙を溜めながら謝ったら、ジョーさんは困ったように微笑んだ。

「そうやって、自分を責めるのは良くないぜ。俺達は皆、多かれ少なかれ、サラちゃんには助けてもらっているから、今度は自分達がサラちゃんを助けたくて、自主的に動いているだけなんだよ」
「ジョーさん……」
「それに俺達は、恐縮して謝られるよりも、助かった、ありがとう、って言ってもらえる方が、余程嬉しいぜ」
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせるジョーさんに、私は目を丸くした。

「サラちゃんだって、人に何かをしてあげた時に、謝られるよりもお礼を言われる方が嬉しくないか?」

 ジョーさんに言われて、私ははっとする。
 確かに、人に何かをして、すみませんと謝られるよりも、ありがとうとお礼を言われた方が、私も嬉しい。

「……そうですね。ジョーさん、私達を助けに来てくださって、本当にありがとうございます」
「おう!」

 心からのお礼を言うと、嬉しそうにジョーさんはニカッと笑う。その屈託のない笑顔に、私も思わず笑みが零れた。
< 27 / 33 >

この作品をシェア

pagetop