【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

28.魔石のブローチ

 その後も、何度か魔獣達に出くわしたが、ジョーさんがいない分までセス様が奮闘し、次々に魔獣達を氷漬けにしていったお蔭で、先程よりも苦戦することはなかった。日が沈み、辺りが暗くなった頃、私達は森の途中にある小屋に到着した。

「奥様、大丈夫ですか? 動けますか?」
「おいサラちゃん、大丈夫か?」

 アガタさんとジョーさんが心配そうに私の顔を覗き込む。先程よりは少しマシになったものの、まだ身体にあまり力が入らない。

「サラ、大丈夫か?」
「セス様……」

 アガタさんが支えてくれないと、自力で立ち上がることすらできず、とても馬車を下りられそうにないと困っていたら、セス様が馬車の中に入って来て、私を抱き上げてくれた。私はそのまま小屋の一室に運ばれ、ベッドに横たえられる。

「魔石があるから多少はマシなようだが、完全に魔力切れだな。下手をしたら倒れて昏倒していてもおかしくないくらいだ。今日はもう休め」
「はい。セス様、ご心配をおかけしてしまって……」

 申し訳ありません、と言いかけた所で、先程のジョーさんの言葉が脳裏をよぎった。

『恐縮して謝られるよりも、助かった、ありがとう、って言ってもらえる方が、余程嬉しいぜ』

「……心配してくださって、ありがとうございます」
「当然だろう」

 私がお礼を言うと、セス様は優しく微笑んでくれた。セス様の大きくて温かい手が、ゆっくりと頭を撫でてくれて、その感触が心地いい。

(セス様がそばにいてくださったら、やっぱり安心するわ……)

 魔獣が出る森の移動で、やはり気が張っていたのだろうか。緊張が解れて、急に眠気に襲われた私は、そのまま眠ってしまい、気が付いたら朝になっていた。

「ジョー、本当に大丈夫か?」
「平気平気! サラちゃんのおまじないのお蔭で、もう全然痛くねえしな!」

 この日はジョーさんは馬車に乗らず、これまでと同様に、馬に乗って先頭を進んだ。最初は心配していたけれど、魔獣が出てきても、セス様達と連携して剣を振るって戦い、切り捨てている所を見ると、本当に問題ないようだ。

(ジョーさんは凄いな。一日であんなに回復してしまうなんて……。私も見習わなくちゃ)

 私はと言うと、何とか一人で動けるようになったものの、身体がまだ少し重く、怠さを感じる。

「奥様、まだ身体が回復されていないのでは? 辛ければ、私に寄りかかってください」
「アガタさん……。ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 揺れる馬車の中で姿勢を保つのも少し大変で、アガタさんに甘えて、肩に寄りかからせてもらう。アガタさんは昨日同様、しっかりと私を支えてくれた。

「アガタさん、ありがとうございます。少し楽になりました」
「いいえ。魔獣と戦う国境警備軍の方々や、おまじないで助けられている奥様と比べて、私はこれくらいしか、できることがありませんから」
 アガタさんが、少し悲しそうに呟く。

「そんなことはありません。少なくとも、アガタさんがそばにいてくださって、私は凄く助かりましたし、とても心強いです」
「奥様……。ありがとうございます」
 私が言うと、アガタさんは嬉しそうに微笑んだ。

「セス様が仰るには、順調に行けば、今日の夕方にはキンバリー辺境伯領には着けそうとのことです。久し振りにベンさんに会えますね」
「はい!」
 満面の笑みで答えるアガタさん。

 私も暫しの間、キンバリー辺境伯領に思いを馳せる。
 私達が誘拐された時に、頭を殴られたというフィリップさんは大丈夫だろうか。馬車から転げ落ちたハンナさんは、怪我をしていないだろうか。ベンさんも、妻であるアガタさんが攫われて、さぞかし心配していることだろう。魔獣からキンバリー辺境伯領を守るために砦に残った、ラシャドさんや国境警備軍の人達は大丈夫だろうか。このまま何事もなく、全員無事に帰りたいのだけど……。

「左から魔獣が来ます!」
「全員警戒! 襲撃に備えろ!」

 叫び声にハッと我に返り、アガタさんに寄りかかったまま、馬車の外に視線を移す。木々の間から姿を現した魔獣が、横から襲いかかってきた。

「クッ!!」

 セス様が魔獣の頭部と前足を素早く氷漬けにし、攻撃手段を失った魔獣は、そのままの勢いで地面に突っ込む。後は兵士の人達が、難なく討伐してくれた。

「流石は旦那様ですね!」
「ええ。セス様も、皆さんもとてもお強くて、心強いわ」

 馬車の中でほっと胸を撫で下ろす。だけど、気のせいだろうか。セス様の顔色が、何だか悪い気がする。

(昨日から、魔獣達に遭遇する度に、氷魔法を使っていらっしゃるものね……。いくらセス様でも、魔力の限界が近いのかもしれないわ……)

「あの、セス様!」
 私は馬車から身を乗り出して、セス様に呼びかける。

「どうした、サラ」
 セス様はすぐに近付いてきてくれた。

「良かったら、これを使ってください」
 私が差し出した魔石のブローチを見たセス様は、目を見開く。

「これはお前が使っていろ。魔力もまだ十分に回復しきっていないはずだ」
「いいえ、私は馬車の中で休ませてもらっていますので、大丈夫です。まだこの先も魔獣に遭遇するでしょうし、万が一にもセス様が魔力切れになり、魔獣に襲われて全滅するという、最悪の事態を迎えることがあってはいけません。これはセス様にお持ちいただいて、少しでも負担を減らしていただきたいのです」
「サラ……」

 セス様は少しの間、迷っていたようだったが、やがて微笑みを浮かべて、ブローチを受け取ってくれた。

「サラ、礼を言う。お前は必ず俺が守る。全員で無事にこの森を抜けるぞ」
「はい!」

 ブローチを胸元につけたセス様の顔色が、少しばか良くなったような気がして、私は安堵の笑みを浮かべた。私は身体が更に重くなってしまったけれども、また座席に戻って、アガタさんに寄りかからせてもらう。

「奥様、大丈夫ですか?」
「はい、何とか……。ありがとうございます、アガタさん」
「きっと今日にはキンバリー辺境伯家に帰れます。少しの辛抱ですよ、奥様」
「はい」

 揺れる馬車の中で、私は安心しながら目を閉じる。倦怠感に負けて、少し眠ってしまったようだ。
 ふと目を覚ました時には、既に西の空が赤く色づいていて、遥か前方には森の出口が見え隠れしていた。
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