【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

29.帰還

「出口だ!」
「ようやく帰ってきたぞ!!」

 やっと森を抜け、キンバリー辺境伯領に帰って来た私達は、まずは国境警備軍の砦に向かう。砦が近くなると、私達に気付いた兵士の人達が、砦から出てきて迎えてくれた。

「キンバリー総司令官! お帰りなさいませ!」
 強面のラシャドさんが、珍しく満面の笑みで出迎えてくれた。

「ラシャド、長らく留守をした。そちらは変わりなかったか?」
「問題ありません。少々時間はかかりましたが、森の入り口周辺の魔獣達は、全て討伐完了致しました」
「そうか。ご苦労だったな。お蔭でこちらも助かった」

 どうやらキンバリー辺境伯領が近くなってきた辺りで、魔獣に遭遇しなくなったのは、ラシャドさん達が頑張ってくれていたからのようだ。砦に残った兵士の人達も、きっと大変だったことだろう。改めて、国境警備軍の人々全員に感謝の念を抱く。

「サラさんも、ご無事で何よりです」
「ありがとうございます。皆様には本当にお手数をおかけしました」

 アガタさんに支えられながら、私が馬車から顔を出すと、砦に残っていた兵士の人達に、安堵の笑顔が広がった。

「帰って来られたばかりでお疲れでしょう。キンバリー総司令官、詳しい報告は後日致しますので、まずは奥様とご自宅に帰られて、ごゆっくりお休みください」
「ああ。そうさせてもらおう」

 お言葉に甘えて、国境警備軍の人達と別れ、私達はキンバリー辺境伯家へと向かった。

「サラ、これは返しておく」

 セス様も乗った馬車の中で、魔石のブローチを手渡された。

「正直、魔力が残り少なかったから、これのお蔭で助かった。礼を言う」
「いいえ。でも、まだ持っておられた方が、体調が楽なのではありませんか?」
「いいや、俺なら大丈夫だ。魔力もまだ少し残っているからな。後はお前が使って、回復に専念しろ」
「……では、そうさせていただきます」

 改めてブローチを胸元に着けると、身体が少し軽くなる。セス様の方は、流石に疲労の色が見えるが、それ以外は本当に問題なさそうだ。きっと日頃から鍛えているからだろう。本当に凄いと思う。

(……私も見習って、体力を付けなければいけないかしら)

 暫くすると、キンバリー辺境伯家が見えてきた。ようやく帰ってきた我が家に、思わず安堵の笑みが零れる。

「旦那様、奥様!! お帰りなさいませ!!」
「アガタ!! 怪我はないか!?」

 家に着くと、リアンさんやハンナさん、ベンさん達が飛び出てきて出迎えてくれた。ハンナさんは、目に涙を浮かべている。

「皆さん、ただいま帰りました!」
「ベン!! 私は大丈夫よ!」
「良かった……ッ!!」

 ベンさんに抱き締められて、アガタさんは顔を赤くしながらも、嬉しそうにベンさんの背中に手を回している。

「フィリップさん、怪我は大丈夫ですか?」
「はい。テッド様が治療してくださいました」
「ハンナさんは?」
「私もフィリップの後に、テッド様に治療していただきましたので、全く問題ありません」
「そうでしたか、良かった……!」

 心配していた二人の怪我が問題なく、私はほっと胸を撫で下ろす。後日、私からもテッドさんに、お礼を言いに行こうと思った。

「旦那様も奥様も、お疲れのご様子ですが、お怪我はございませんか?」
「ああ。俺達は少し魔力を使いすぎただけだ。問題ない」
 心配してくれるレスリーさんに、セス様が答えてくれて、私も頷く。

「さあさあ、お三方共、久し振りのご自宅でごゆっくりおくつろぎください。今日は腕によりをかけて、ご馳走を作っておりますので」
「わあ、楽しみです!」
 久し振りのケイさんの料理に、私は目を輝かせる。

「留守中、皆も大変だっただろう。今日は皆で無礼講としよう」
「「「はい!!」」」
 セス様の言葉に、皆が満面の笑みを浮かべた。

 ハンナさんに手伝ってもらって、久し振りにゆっくりと入浴し、着替えて食堂に向かう。ケイさんの言葉通り、テーブルには数種類のワインに、香ばしい匂いの鳥の丸焼き、焼き立てのパンに、色鮮やかなサラダや具沢山のスープ等、沢山のご馳走が並んでいた。皆でワイワイ騒ぎながら、お腹いっぱいになるまで食事を楽しむ。

「いやあ、旦那様も奥様もアガタさんも、ご無事で何よりです!」
「奥様、お守りできず、申し訳ありませんでした」
「私もそばにおりましたのに……」
「いいえ、フィリップさんやハンナさんのせいじゃありませんから。お二人共ご無事で、本当に良かったです」
 何故かフィリップさんとハンナさんに謝られてしまい、戸惑いながらも、お互いの無事を喜ぶ。

「アガタ、守ってやれなくてすまなかった」
「ベンはあの場にいなかったんだから、仕方ないわよ。気にしないで」

 アガタさんとベンさんは、少し離れた所で二人で話している。久し振りの夫婦水入らずなのだから、そっとしておいてあげたい。

「リアン、留守中は変わりなかったか?」
「はい。後でご確認いただきたい書類が、少々溜まっておりますが」
「そうか……」

 セス様とリアンさんは、もう仕事の話をしているようだ。セス様もお疲れだろうし、今日くらいはゆっくりしてもらいたいのだけど、キンバリー辺境伯としての仕事のことを考えると、難しいのかもしれない。
 そんなことを考えていたら、いつの間にかセス様が歩み寄ってきていた。

「サラ、大変だっただろう。今日はゆっくりして、早めに休むといい」
「ありがとうございます。セス様も、今日くらいはお休みになって下さい」
 半ば懇願するように口にすると、セス様は少し困ったような表情を浮かべた。

「旦那様、奥様の仰る通りです。書類は明日以降でも問題ありませんから、今日くらいはゆっくり休まれてください」
「……そうか。礼を言う」

 リアンさんに後押しされて、セス様は口元を緩めて頷く。そんなセス様を見て、私も嬉しくなって表情を綻ばせた。

(やっぱり、我が家が一番だわ)

 セス様と、キンバリー辺境伯家の皆さんと、楽しいひと時を過ごしながら、改めて帰って来られて本当に良かったと実感する。

「皆様、そろそろデザートはいかがですか?」
「わあ、凄い!」
「とっても美味しそうですね!」

 ケイさん特製の、色とりどりの季節のフルーツを使った、ミニパフェやケーキを目にして、私を始め女性陣から歓声が上がる。
 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、その夜は夢も見ずに、朝までぐっすりと眠ったのだった。
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