【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
3.サラの成長
(やれやれ。これで最低限の社交は終わったな)
国王陛下への挨拶を終えて、俺は肩の力を抜く。
王宮では何かと気を遣うことが多いし、従兄殿はよく俺を揶揄ってくるので、王宮にはあまりいい印象がない。王都に来たばかりだが、既にキンバリー辺境伯領に帰りたい気持ちになっている。
(だがまあ、悪いことばかりではないか)
俺は隣に並ぶサラに視線を移す。先程の余韻か、サラの頬が赤く染まっていて、その可愛さに思わず口元が緩む。
そういえば昨年もそうだった。従兄殿が俺を貶してきた時に、サラが笑顔で俺を擁護してくれて、満足したらしい従兄殿から早々に解放された。またサラに助けられたな、と俺は胸が温かくなる。
今まで夜会は気が重いものでしかなかったが、サラとなら、夜会を楽しむこともできるかもしれない。
「サラ」
「は、はい」
呼びかけると、サラは目を丸くして顔を上げた。
先程、既に答えを聞いてはいるが、改めて聞きたい。
「これからも、俺について来てくれるか」
「はい。勿論です!」
何の迷いもなく即答するサラに、自然と笑みが零れる。
(ならば、俺は全力で、サラを守ろう)
タイミングよく曲が終わり、ダンスを終えた人々と、ダンスを始める人々が入れ替わっていく。
「サラ、俺達も踊るか」
「は、はい。宜しくお願いします」
サラの手を取り、会場の中央に足を進める。
新しく始まった曲に合わせて、サラと踊り始める。サラは少し緊張していたようだが、すぐに解れたようで、昨年よりずっと上手に踊れていた。
「上手くなったな、サラ」
「ありがとうございます。ハンナさんやベンさん達と、沢山練習した甲斐がありました」
嬉しそうなサラの返答に微笑ましく思いつつも、俺は少し心配になる。
サラはキンバリー辺境伯夫人になって、まだ日が浅い。毎日勉強している合間に、魔獣対策のまじないも作ってくれている。その上ダンスの練習もしていたのなら、少々無理をしているのではないだろうか。
「練習に励むのはいいが、無理はしていないだろうな」
「大丈夫です。ちゃんと体調管理はしておりますので」
サラは平気そうにしているが、頑張りすぎて倒れた前科があるので、鵜吞みにするのは危険だ。領地に帰ったらハンナ達に注意を促しておかなくては、と俺は密かに心に留めた。
少々難しいステップやターンをこなす度に、サラは目を輝かせて笑顔を見せる。ダンスは好きでも嫌いでもないが、サラの表情を見ていると、こちらも何だか楽しいような気がしてきた。曲が終わると、サラは満面の笑みを浮かべた。
「今までで、一番上手く踊れたような気がします。リードしてくださったセス様のお蔭ですね」
「いや、サラ自身の努力の賜物だ」
サラは満足げにしているが、流石に少し疲れたようなので、近くにいた給仕に飲み物を貰い、果実酒を手渡す。
「ありがとうございます、セス様」
喉を潤した後は、料理が所狭しと並んでいるテーブルに向かった。どれもこれも美味い物が揃っており、サラは心底幸せそうに食べている。その姿を見ていると、自然と顔が綻ぶ。
「サラ、この肉料理も美味いぞ」
「そうなんですね。いただきます」
折角の機会なので、普段あまり食べられない物を色々食べさせてやりたい所だが、コルセットがきついらしく、少ししか食べられない、とサラは残念そうに腹を押さえていた。
「キンバリー辺境伯、お久しぶりです」
声をかけられて振り向くと、ケリー第一騎士団長の父で、騎士団総帥を務めるケリー公爵が、夫人を伴って歩み寄ってきていた。
「ケリー総帥、お久しぶりです。夫人もご無沙汰しています」
「こちらこそ、愚息がいつもお世話になっております。ご結婚されたと伺いましたわ。誠におめでとうございます」
「ありがとうございます。こちらが妻のサラです」
「サラ・キンバリーと申します。宜しくお願い致します」
挨拶を交わした後、ケリー総帥と今年の魔物の被害状況について語り合う。サラはその間に化粧を直しに行ったようだ。
「では、キンバリー辺境伯領では、今年の被害は極めて少ないと」
「はい。妻のまじないのお蔭で、魔物があまり寄り付かなくなったようです」
「ほう、それは素晴らしいですな」
暫く話してケリー総帥と別れた後、サラと合流しようと会場内を捜すが、どうでもいい連中が寄って来て、なかなか身動きが取れない。
「キンバリー辺境伯、ご無沙汰しております」
「お久しぶりですわね、キンバリー辺境伯」
適当に相手をし、急いでいるからとその場を後にする。サラはまだ会場に戻って来ていないようだ。
(化粧室に行っただけにしては遅すぎる。……まさか、何かあったのか? サラの身に危険が迫れば、髪飾りの魔石が守ってくれるし、首飾りと耳飾りの魔石を通してクラヴァットピンが居場所を教えてくれるが……)
大丈夫だろうとは思いつつも、化粧室へと急ぐ途中で、廊下から見える庭の隅に、数人の令嬢が集まっているのが見えた。まさかと思いながら、庭に回って近づいてみる。
「折角忠告して差し上げたのに、結婚までするなんて……! 信じられませんわ!!」
「全く釣り合っていないというのに、身の程知らずもいい所ですわ!」
「少し珍しい魔法を使うそうですが、その程度で調子に乗らないでくださる? どうせキンバリー辺境伯も、魔法目当てで結婚したに決まっていますわ!」
これはサラがくだらない女共の槍玉に挙げられているに違いない。そう確信し、俺は急いで駆け寄ろうとしたのだが。
「釣り合っていないのは承知の上です。それでも、セス様は私を選んでくださいました。でしたら、少しでもセス様に相応しくなれるよう、日々努力すればいいだけですわ」
堂々としたサラの反論が聞こえてきて、俺は思わず足を止めた。
「それに、私の魔法目当てでしたら、私を国境警備軍で雇うだけでよく、結婚までする必要はなかった筈です。セス様は、ちゃんと私を愛してくださっていますわ」
「なっ……!?」
「勿論、私はそれ以上にセス様を愛しておりますが」
動揺する女共にきっぱりと宣言するサラに、俺は頬が緩んでしまった。
「それはどうかな。俺はサラ以上にお前を愛している自信がある」
「セス様!」
後ろから声をかけると、振り返った女共は俺の存在に気付き、青褪めた。その向こうで、サラがぱっと顔を輝かせる。
「遅いから迎えに来た。一人にさせてしまって悪かったな」
サラに歩み寄り、肩を抱き寄せる。
「いいえ。こちらこそお手数をおかけしてしまいました」
「構わん」
サラと話している間に、そろりそろりと遠ざかっていく女共を、俺は殺気を漂わせながら睨みつける。
「ところで。俺の妻が何か?」
「「ヒィッ……!!」」
「な、何でもありません!」
「も、申し訳ございませんでした……っ!」
すっかり怯えて震え上がり、我先にと逃げていく女共の顔を記憶に留め、後で家に圧力をかけてやろうかと目論んでいたら、サラが口を開いた。
「セス様、助けてくださって、ありがとうございました」
嬉しそうなサラの笑顔に、毒気を抜かれる。
「いや、大したことではない。どうやら俺が原因のようだしな。全く、結婚してもまだあの手の女共が後を絶たないとは……」
忌々しく思っていたら、サラが微笑む。
「それだけセス様が人気だということですね。私もセス様に相応しくなれるように、もっと頑張ります」
「お前はもう十分俺に相応しい。これ以上頑張られたら、俺の立つ瀬がなくなりそうだ」
「そんなことはありません。セス様は背も高くて凄く格好いいですし、剣も氷魔法の腕前も国で一、二を争われる程素晴らしいですし、頭も良くてとてもお優しい方ですもの。私がどれだけ頑張っても、セス様に追いつける気がしません」
「買いかぶりすぎだ」
「全て本当のことですから」
口元を緩めた俺は、不服そうなサラの頭を撫でる。
「久々の夜会で疲れただろう。そろそろ帰るか」
「え? 私は構いませんが、もう社交は終わられたのですか?」
「ああ。もう十分だろう」
サラをエスコートして、庭を歩き、馬車止めへと向かう。
今日一日で、サラの成長を感じた。一人でベネット副所長の相手を務めて社交をこなしていたし、ダンスはかなり上達していた。もしかしたら、難癖をつけてきたあの女共も、俺が介入せずとも、一人で対処できていたのかもしれない。
キンバリー辺境伯夫人として、日々勉強に励んでいた成果が出てきているのだろう。サラの今後に期待しつつも、無理だけはさせないようにと、俺は心に誓った。
国王陛下への挨拶を終えて、俺は肩の力を抜く。
王宮では何かと気を遣うことが多いし、従兄殿はよく俺を揶揄ってくるので、王宮にはあまりいい印象がない。王都に来たばかりだが、既にキンバリー辺境伯領に帰りたい気持ちになっている。
(だがまあ、悪いことばかりではないか)
俺は隣に並ぶサラに視線を移す。先程の余韻か、サラの頬が赤く染まっていて、その可愛さに思わず口元が緩む。
そういえば昨年もそうだった。従兄殿が俺を貶してきた時に、サラが笑顔で俺を擁護してくれて、満足したらしい従兄殿から早々に解放された。またサラに助けられたな、と俺は胸が温かくなる。
今まで夜会は気が重いものでしかなかったが、サラとなら、夜会を楽しむこともできるかもしれない。
「サラ」
「は、はい」
呼びかけると、サラは目を丸くして顔を上げた。
先程、既に答えを聞いてはいるが、改めて聞きたい。
「これからも、俺について来てくれるか」
「はい。勿論です!」
何の迷いもなく即答するサラに、自然と笑みが零れる。
(ならば、俺は全力で、サラを守ろう)
タイミングよく曲が終わり、ダンスを終えた人々と、ダンスを始める人々が入れ替わっていく。
「サラ、俺達も踊るか」
「は、はい。宜しくお願いします」
サラの手を取り、会場の中央に足を進める。
新しく始まった曲に合わせて、サラと踊り始める。サラは少し緊張していたようだが、すぐに解れたようで、昨年よりずっと上手に踊れていた。
「上手くなったな、サラ」
「ありがとうございます。ハンナさんやベンさん達と、沢山練習した甲斐がありました」
嬉しそうなサラの返答に微笑ましく思いつつも、俺は少し心配になる。
サラはキンバリー辺境伯夫人になって、まだ日が浅い。毎日勉強している合間に、魔獣対策のまじないも作ってくれている。その上ダンスの練習もしていたのなら、少々無理をしているのではないだろうか。
「練習に励むのはいいが、無理はしていないだろうな」
「大丈夫です。ちゃんと体調管理はしておりますので」
サラは平気そうにしているが、頑張りすぎて倒れた前科があるので、鵜吞みにするのは危険だ。領地に帰ったらハンナ達に注意を促しておかなくては、と俺は密かに心に留めた。
少々難しいステップやターンをこなす度に、サラは目を輝かせて笑顔を見せる。ダンスは好きでも嫌いでもないが、サラの表情を見ていると、こちらも何だか楽しいような気がしてきた。曲が終わると、サラは満面の笑みを浮かべた。
「今までで、一番上手く踊れたような気がします。リードしてくださったセス様のお蔭ですね」
「いや、サラ自身の努力の賜物だ」
サラは満足げにしているが、流石に少し疲れたようなので、近くにいた給仕に飲み物を貰い、果実酒を手渡す。
「ありがとうございます、セス様」
喉を潤した後は、料理が所狭しと並んでいるテーブルに向かった。どれもこれも美味い物が揃っており、サラは心底幸せそうに食べている。その姿を見ていると、自然と顔が綻ぶ。
「サラ、この肉料理も美味いぞ」
「そうなんですね。いただきます」
折角の機会なので、普段あまり食べられない物を色々食べさせてやりたい所だが、コルセットがきついらしく、少ししか食べられない、とサラは残念そうに腹を押さえていた。
「キンバリー辺境伯、お久しぶりです」
声をかけられて振り向くと、ケリー第一騎士団長の父で、騎士団総帥を務めるケリー公爵が、夫人を伴って歩み寄ってきていた。
「ケリー総帥、お久しぶりです。夫人もご無沙汰しています」
「こちらこそ、愚息がいつもお世話になっております。ご結婚されたと伺いましたわ。誠におめでとうございます」
「ありがとうございます。こちらが妻のサラです」
「サラ・キンバリーと申します。宜しくお願い致します」
挨拶を交わした後、ケリー総帥と今年の魔物の被害状況について語り合う。サラはその間に化粧を直しに行ったようだ。
「では、キンバリー辺境伯領では、今年の被害は極めて少ないと」
「はい。妻のまじないのお蔭で、魔物があまり寄り付かなくなったようです」
「ほう、それは素晴らしいですな」
暫く話してケリー総帥と別れた後、サラと合流しようと会場内を捜すが、どうでもいい連中が寄って来て、なかなか身動きが取れない。
「キンバリー辺境伯、ご無沙汰しております」
「お久しぶりですわね、キンバリー辺境伯」
適当に相手をし、急いでいるからとその場を後にする。サラはまだ会場に戻って来ていないようだ。
(化粧室に行っただけにしては遅すぎる。……まさか、何かあったのか? サラの身に危険が迫れば、髪飾りの魔石が守ってくれるし、首飾りと耳飾りの魔石を通してクラヴァットピンが居場所を教えてくれるが……)
大丈夫だろうとは思いつつも、化粧室へと急ぐ途中で、廊下から見える庭の隅に、数人の令嬢が集まっているのが見えた。まさかと思いながら、庭に回って近づいてみる。
「折角忠告して差し上げたのに、結婚までするなんて……! 信じられませんわ!!」
「全く釣り合っていないというのに、身の程知らずもいい所ですわ!」
「少し珍しい魔法を使うそうですが、その程度で調子に乗らないでくださる? どうせキンバリー辺境伯も、魔法目当てで結婚したに決まっていますわ!」
これはサラがくだらない女共の槍玉に挙げられているに違いない。そう確信し、俺は急いで駆け寄ろうとしたのだが。
「釣り合っていないのは承知の上です。それでも、セス様は私を選んでくださいました。でしたら、少しでもセス様に相応しくなれるよう、日々努力すればいいだけですわ」
堂々としたサラの反論が聞こえてきて、俺は思わず足を止めた。
「それに、私の魔法目当てでしたら、私を国境警備軍で雇うだけでよく、結婚までする必要はなかった筈です。セス様は、ちゃんと私を愛してくださっていますわ」
「なっ……!?」
「勿論、私はそれ以上にセス様を愛しておりますが」
動揺する女共にきっぱりと宣言するサラに、俺は頬が緩んでしまった。
「それはどうかな。俺はサラ以上にお前を愛している自信がある」
「セス様!」
後ろから声をかけると、振り返った女共は俺の存在に気付き、青褪めた。その向こうで、サラがぱっと顔を輝かせる。
「遅いから迎えに来た。一人にさせてしまって悪かったな」
サラに歩み寄り、肩を抱き寄せる。
「いいえ。こちらこそお手数をおかけしてしまいました」
「構わん」
サラと話している間に、そろりそろりと遠ざかっていく女共を、俺は殺気を漂わせながら睨みつける。
「ところで。俺の妻が何か?」
「「ヒィッ……!!」」
「な、何でもありません!」
「も、申し訳ございませんでした……っ!」
すっかり怯えて震え上がり、我先にと逃げていく女共の顔を記憶に留め、後で家に圧力をかけてやろうかと目論んでいたら、サラが口を開いた。
「セス様、助けてくださって、ありがとうございました」
嬉しそうなサラの笑顔に、毒気を抜かれる。
「いや、大したことではない。どうやら俺が原因のようだしな。全く、結婚してもまだあの手の女共が後を絶たないとは……」
忌々しく思っていたら、サラが微笑む。
「それだけセス様が人気だということですね。私もセス様に相応しくなれるように、もっと頑張ります」
「お前はもう十分俺に相応しい。これ以上頑張られたら、俺の立つ瀬がなくなりそうだ」
「そんなことはありません。セス様は背も高くて凄く格好いいですし、剣も氷魔法の腕前も国で一、二を争われる程素晴らしいですし、頭も良くてとてもお優しい方ですもの。私がどれだけ頑張っても、セス様に追いつける気がしません」
「買いかぶりすぎだ」
「全て本当のことですから」
口元を緩めた俺は、不服そうなサラの頭を撫でる。
「久々の夜会で疲れただろう。そろそろ帰るか」
「え? 私は構いませんが、もう社交は終わられたのですか?」
「ああ。もう十分だろう」
サラをエスコートして、庭を歩き、馬車止めへと向かう。
今日一日で、サラの成長を感じた。一人でベネット副所長の相手を務めて社交をこなしていたし、ダンスはかなり上達していた。もしかしたら、難癖をつけてきたあの女共も、俺が介入せずとも、一人で対処できていたのかもしれない。
キンバリー辺境伯夫人として、日々勉強に励んでいた成果が出てきているのだろう。サラの今後に期待しつつも、無理だけはさせないようにと、俺は心に誓った。