【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

31.思わぬ再会

 それから数ヶ月が経ち、季節は夏になった。

「ええと、これで全部ですね?」
「はい。では参りましょうか、奥様」
「お願いします、フィリップさん」

 フィリップさんに荷物を馬車に詰め込むのを手伝ってもらい、私とハンナさん、アガタさんは、久々に差し入れをするために、国境警備軍の砦に向かった。今回はボリュームのあるサンドウィッチの他、蜂蜜入りのレモネードも用意してみた。夏だし汗をかいて喉が渇くだろうから、疲労回復効果を期待できる飲み物もあった方がいいかと考えたのだ。

「レモネードは、砦に着いたらセス様が魔法で冷やしてくださるそうです」
「流石は旦那様ですね」
「訓練の後に冷たい飲み物を差し入れたら、きっと皆様喜ばれますよ」

 ハンナさん、アガタさんとそんなことを話しているうちに、馬車は砦に到着した。

「セス様、失礼致します」
「来たか、サラ」
「はい。セス様、お手数ですが、こちらお願いできますでしょうか?」
「ああ」

 差し入れを持ってセス様の執務室を訪ね、セス様にレモネードを差し出す。セス様が手をかざすと、レモネードはあっと言う間に所々凍っていった。

「凄い……!」
「今は皆訓練中だが、もうすぐ休憩に入るはずだ。その頃には飲み頃になっているだろう」
「ありがとうございます!」

 セス様の分のサンドウィッチとレモネードを渡して、私達は訓練場へと向かう。日陰で立っていても汗ばむ中、兵士の人達は汗だくで剣の稽古をしていた。

「そこまで! 一旦休憩だ! 各自十分に水分を取るように!」

 休憩に入った所で、私達は皆さんに歩み寄る。

「お久し振りです、皆さん」
「あ、奥様!」
「お久し振りです!」
 私達に気付いて、皆さん駆け寄ってきてくれた。

「差し入れに来ました。冷たいレモネードを用意しましたので、良かったらどうぞ。後、サンドウィッチもあります」
「うおおおお!」
「やったぜ!!」
「ありがとうございます!」

 レモネードも人気のようで、サンドウィッチと共に、飛ぶようになくなっていく。

「サラさん、ありがとうございます」
「ありがとうね、サラ。レモネードも冷たくて美味しいわ!」
「やっぱりサラちゃんのサンドウィッチは最高だな!」
「お役に立てれば何よりです」

 ラシャドさんにジャンヌさん、ジョーさんにも喜んでもらえて、私が満面の笑みを浮かべた時だった。

「……!? 北から魔獣の気配がするわ! 全員警戒! 上空に注意!!」
 突然、ジャンヌさんが鋭く叫んだ。

「何!?」
「休憩は終わりだ! 各自備えろ!!」
「「「はい!!」」」

 ラシャドさんの指示で、全員サンドウィッチとレモネードを喉に流し込みながら、バタバタと慌ただしく武器を手に取り、持ち場を目指す。ほぼ全員が配置についた所で、大きな鳥のような魔獣が北の空に姿を現した。

「サラ、お前達は下がっていろ」
「は、はい!」

 いつの間に訓練場に来ていたのか、背後からセス様に声をかけられた。突然の事態にあたふたしてしまっていた私達は我に返り、邪魔にならないように急いで後方に避難する。

「弓隊構えろ! 十分に引き付けろよ!」
 ジョーさんの命令で、弓を持った兵士達が、一斉に魔獣に狙いを定める。

「……今だ、撃て!!」

 セス様の号令で、一斉に矢が魔獣目がけて放たれた。こちらに向かって来ていた魔獣は、急上昇して矢が届かない上空まで舞い上がる。

「クソ、届かねえ!」
「魔獣の侵入を許すな! ジャンヌ、奴を落とせるか!?」
「お任せください!」

 ジャンヌさんが魔法で作り出した突風が魔獣を直撃し、魔獣がよろめいて高度が下がった。

「撃て!」

 再び矢が放たれたが、後ほんの少しの所で、魔獣が急旋回して避けられてしまった。

「うわわわわっ、待て待て!! 俺は敵じゃない! 攻撃するな!!」
「……?」

 何だか聞き覚えのあるような声がしたような気がして、私は魔獣を注視する。遠くてよく分からないが、魔獣の背中に、人が乗っているように見えた。

(え……? でも、人を襲う魔獣が、人を乗せて空を飛ぶかしら……?)

「キンバリー総司令官! 魔獣に誰か乗っています!!」

 見張りの兵士が叫ぶ。どうやら、私の見間違いではなかったらしい。

「……攻撃止め! そこの者!! 敵じゃないと言うのなら、直ちに下りて来い!!」

 セス様が大声で叫ぶと、魔獣はゆっくりと高度を下げ、訓練場に着地した。人を襲うはずの魔獣が、人に従っている目の前の光景が信じられずに驚愕していると、魔獣の背中から、誰かが地面に飛び下りた。

「ふう……。やれやれ、やっと着いたぜ……。っておい! 俺は敵じゃないと言っているだろう!!」

 警戒し、剣や槍を構える兵士の人達に気付いて憤慨しているのは、まさかのヴァンスだった。ヴァンスに続いて、キーランも魔獣から飛び下りると、魔獣は飛び立ち、森へと引き返していった。

「フン。不法入国の現行犯で逮捕されても文句は言えんだろう。何なら、魔獣でヴェルメリオ国への襲撃を試みた容疑を付け加えても構わんが」
 セス様がヴァンスを睨みつける。

「遥々ネーロ国から来た客人相手に、その態度はないだろう」
「誰が客人よ。厄介者の間違いでしょう」

 思わず私が口を挟んだら、私に気付いたヴァンスが表情を明るくした。嫌な予感しかしない。

「サラ! まさかこんな所にいるとは。早々に会えるとは思わなかったぞ」
 私に駆け寄ろうとしたヴァンスに、セス様が剣を突き付けて制する。

「一応聞いてやる。貴様、何しに来た」
「お……おい、剣を下ろせ。俺は用がなければ、従妹に会いに来ることもできないのか?」
「私も聞きたいわ。何か用?」
「冷たいなお前」

 ヴァンスに冷たいと言われてしまったが、ヴァンスが私達にした仕打ちを考えると、当然ではないかと思う。

「取りあえず紹介するわ。こちらの男性が、貴方達が私達を誘拐する際に、頭を殴って気絶させたフィリップさん。そしてこちらが、ヴァンスのせいで馬車から転げ落ちて、足を怪我させられたハンナさんよ」

 私の後ろに控えてくれている二人を振り返って紹介すると、ヴァンスとキーランは気まずそうな表情を浮かべた。

「……その節は、すまなかった」
「大変申し訳ございませんでした」

 ヴァンスは視線を逸らすだけだったが、キーランは深々と頭を下げた。フィリップさんとハンナさんは、複雑そうな表情をして二人を見ていたが、やがて私と目が合うと、苦笑して頷いた。私が視線を送ると、セス様も剣を収めてくれた。

「それで、何しに来たの?」
 もう一度問いかけると、ヴァンスは困ったように私を見た。

「……相談がある。立ち話ではなんだから、場所を変えてもらえないか」
 思ったよりも真剣な表情を浮かべたヴァンスに、胡乱な顔をしていた私も真顔になる。

「セス様、よろしいですか?」
「仕方あるまい。応接室を使おう」

 セス様に案内してもらって、私達は砦の応接室へと移動した。
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