【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

33.見送り

 その後、ヴァンス達は数日間キンバリー辺境伯家に滞在し、作ったおまじないを国境警備軍に売ったお金で、小さな魔石を数個手に入れていた。

「一応念押ししておくけれど、本当に困った時に、一個だけ使うようにした方がいいわよ。間違っても全部一気に使わないようにね」
「ああ、分かっている」
 魔石を手に入れたヴァンスは、心から安堵したような笑みを浮かべていた。

「サラ様、本当にありがとうございました」
「え? どういたしまして……」
 客間を出た所で、追いかけてきたキーランに思いがけずお礼を言われて、私は戸惑う。

「……数十年ぶりにネーロ国に帰還してからというもの、ヴァンス陛下は我々の為に、常に魔獣の存在を気にし、ご自身の限界まで魔札を作り続ける日々を送っておられました。これで、少しは気を休めていただくことができるのではないかと思います」
「……」
 キーランの言葉に、私はヴァンスがいる客間を振り返る。

(……あれでも一応、ネーロ国の国王だものね。自分がネーロ国の人々を守らなければならないという、大変な責任と重圧があるんだろうな……。キーランの言う通り、これで少しは軽くなったのかしら)

 四方を魔獣が出る森に囲まれている、ネーロ国の小さな土地を守ることができるのは、今の所ヴァンスだけだ。ヴァンスのおまじないに頼らざるを得ない現状では、彼の魔力が国の存続に影響してくる。いかにヴァンスの魔力量が多くとも、膨大な魔力を消費する魔獣結界の魔札を作った時など、魔力が枯渇する時も出てくるだろう。そんな時の為に、魔石の備えを用意しておくに越したことはない。

 無事に目的を達成できたヴァンス達は、留守にしてきたネーロ国のことが気になるらしく、翌朝、すぐに帰ることになった。

「世話になったな。礼を言う」
「本当に、ありがとうございました」

 玄関まで見送りに出てきたキンバリー辺境伯家の皆さんに、深々と頭を下げるキーラン。相変わらず尊大な態度のヴァンスにも、是非見習ってもらいたいものだ。

 二人をキンバリー辺境伯家から見送るだけでも良かったのだが、ここから国境の北の森まで徒歩で移動するのは、流石に少し大変だろうからと、一応馬車を用意してあげた。フィリップさんに御者をしてもらい、私とセス様も見送りで乗り込む。
 北の森に着くと、ヴァンスは魔獣誘引の魔札を使い、近くにいた魔獣達を集めた。見るからに強そうな、巨大な狼のような魔獣に目を付けたヴァンスは、その魔獣だけを魔獣服従の魔札を使って従わせ、ついでに呼び寄せてしまった他の魔獣達も倒させる。

(見事なものね……)

 おまじないが自由に使えると、こんなこともできるのか、と私達は呆気に取られていた。その間に、ヴァンスはキーランと共に、巨大な魔獣の背にまたがる。

「またな、サラ」
「もう来なくていいわよ」
 また、というヴァンスの言葉に、眉間に皺を寄せた私が、憎まれ口を叩くと、ヴァンスは苦笑した。

「相変わらず冷たいな。この世でたった二人だけの、ネーロ国王族の生き残りだろうが」
「私はネーロ国の王族なんかじゃなくて、ヴェルメリオ国のキンバリー辺境伯夫人だから」
 放っておけば、勝手にネーロ国の王族に正式に認定されてしまいそうで、私は即座に否定する。

「ネーロ国の王族なんて、ヴァンス一人で十分でしょう? ……まあ、頑張ってね」

 誘拐された件もあるので、何となく素直になれないものの、応援はしておくと、ヴァンスは目を丸くした後、不敵な笑みを浮かべた。

「フン。当然だ。誰に向かって言っている」
「……」

(やっぱり、ヴァンス相手に素直になるんじゃなかった。損した気分だわ)

 私が無言で睨むと、ヴァンスは愉快そうな笑みを浮かべて、風のような速さで森の奥へと去っていった。

「……俺達も帰るか」
「はい。セス様、わざわざご一緒してくださって、ありがとうございました」
「フン。俺は奴らが余計なことをしないように、見張りに来ただけだ」
 背を向けるセス様。

 だけど、私は知っている。昨日、目当ての魔石を手に入れたヴァンス達に、どうやって帰るのか聞いた所、魔獣誘引の魔札を使うと言っていたのだ。万が一にも、その効果で引き寄せられてきた魔獣が、魔獣服従の魔札で従わせる間もなく、暴れたり襲ってきたりしないように、念の為に一緒に来てくれたに違いない。

(私もヴァンスみたいに、色々なおまじないを使えたらな……。そうしたら、もっとセス様達のお役に立てるかしら?)

 国境警備軍がヴァンスから買っていたのは、私では大量生産できない、魔獣静止の魔札を始めとする、色々なおまじないだ。私では魔石のブローチに頼らないと作れないし、頼っても作れないおまじないもあるけれども、もし作ることができたなら、もっと皆さんの役に立てるだろうか。
 そんなことを考えながら、馬車に乗り込み、セス様と並んで座る。

「……サラ。まさかとは思うが、もっとまじないを作ろうとか、そんなことを考えているんじゃないだろうな?」
「ええっ!?」
 セス様に心を見透かされてしまったようで、私は慌てる。

「やはりか。何度も言っているが、お前は今のままでも、十二分に俺達に貢献してくれている。お前の治癒のまじないや、魔除けのまじないに、俺達は何度も助けられているのだからな。お前がまじないを増やすために無理をすることは、誰も望んでいない」
「はい……」
 セス様にまた諭されてしまって、私は反省する。

「……それに俺は、まじないなど作れなくても、お前がそばにいてくれれば、それだけで十分だ」
 セス様が優しく微笑みかけてくれて、私の顔は一気に熱くなった。

「あ……ありがとうございます。私も、セス様がそばにいてくださったら、それだけで嬉しいです」
 満面の笑みを浮かべながら告げると、セス様は優しく私を抱き寄せてくれた。

「今後、二度と誘拐などされんように、新たな対策を立てねばならんな。悪意から身を守る魔石と、居場所を知らせてくれる家宝以外にも、何か他に……俺から一定の距離以上は離れられんような、そんな対策はないものか……?」
「セ、セス様……?」

 セス様が何やら考え込んでいるが、またかなりの大金がかかってしまうような対策でないことを祈るばかりだ。

「今度、ベネット所長にでも、いい方法がないか聞いてみるか。新たな魔法を開発してくれるかもしれん」
「あ、新しい魔法ですか!?」
 セス様の言葉に驚いた私は、思わず叫んでしまった。

「ああ。万が一サラがいなくなってしまったら、サラのまじないに首ったけのベネット所長も困るだろうからな。それくらいのことはしてくれるだろう」
「そ……そうでしょうか……?」

 私のこととなると、セス様は少し度が過ぎてしまっているような気がする。とは言え、一度誘拐されてしまったこともあり、私は制止できる気がしない。

(だけど、私のことで、セス様がこんなにも一生懸命になってくれるなんて……。幸せだな)

 誰よりも、私自身よりも、私のことを一生懸命に考えてくれる旦那様がいて、私は本当に恵まれていると思う。セス様に心から感謝しつつ、セス様の温かな腕の中で、私は幸せな気分に浸るのだった。
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