【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
5.王都観光
翌朝、昨日少々魔力を使いすぎたせいか、若干の怠さはあったものの、観光には支障がなさそうだった。
「サラ、体調はどうだ?」
朝食前に顔を合わせたセス様から、開口一番で心配される。
「大丈夫です。流石に昨日の疲れが若干残ってはいますが、観光には全く問題ありません」
「……そうか。なら、朝食後は予定通り観光に出かけるか。少しでもしんどくなったら、すぐに言え」
「はい。ありがとうございます」
セス様と一緒に朝食を終えた後、少し裕福な庶民の格好に着替える。白と緑を基調にしたワンピースを着て、髪はシンプルに纏めた。鏡で確認してみると、どこからどう見ても庶民だ。
(元々庶民だものね、私)
苦労して身に着けてきた、辺境伯夫人としての品格はどこへやら。ちょっと悲しくなりつつも、部屋を出てセス様の執務室に向かう。出かける前に、少しだけ書類を片付けると言っていたけれど、もう終わったのだろうか。
「セス様、失礼致します」
ノックをして入室する。セス様の机の上の書類は、殆ど片付いていた。流石だ。
「サラ、もう少しで終わるから、待っていてくれ」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
私はソファーに腰かけて、待たせてもらう。
白いシャツに緑のベスト、黒のズボンというシンプルな恰好なのに、セス様はとても格好いい。庶民の服装でも、私と違って煌びやかに見える。
(セス様が庶民と言い張るのは、無理があるわよね)
セス様と王都の街を並んで歩く所を想像して、本当にセス様の隣が私でいいのかと、一瞬気が引けてしまい、慌てて首を振る。
たとえ釣り合っていなくても、他の女性がセス様の隣に立つのは嫌だ。私がいい。だったら、もっとセス様に相応しくなれるように頑張らないと。
「待たせたな、サラ。行こうか」
「はい」
セス様の仕事が終わり、馬車に乗って移動する。噴水のある広場で馬車を降り、セス様と並んで王都の街並みを散策し始めた。
(あっ、あのケーキ、美味しそう)
お洒落なカフェのテラス席に、店員が運んできたケーキが見えて、私は目が釘付けになってしまった。大粒のイチゴが隙間なくぎっしりと並べられたタルトに、色とりどりのフルーツが混ぜ込まれたクリームたっぷりのロールケーキ。見た目もとても美しく、受け取った女性客二人も目を輝かせて、すぐには食べずにじっくりとケーキを眺めている。
「サラ、あの店に入ってみるか?」
「えっ!?」
あまりにも見つめ過ぎたせいか、セス様に尋ねられてしまった。ちょっと恥ずかしい。だけど、気になるのは事実だ。
「ええと……セス様がよろしければ、入ってみたいです」
「なら行くか」
セス様と一緒にカフェに入る。途端に店内の視線が私達に、というよりセス様に向けられたのを感じながら、店員に奥の席に案内してもらった。客席が八割がた埋まっている中、テラス席も空いてはいたけれど、セス様が大通りを歩いている女性達の注目まで集めてしまいそうで、何となく嫌だった。
(仕方ないわね。庶民の格好をしていても、セス様はとても魅力的だもの)
「ね、あの人素敵じゃない?」
「本当。凄く格好いいわね」
セス様が背を向けていても、こちらを見ながら囁き合う女性達。内心面白くはなかったけれど、当のセス様が全く気に留めていない様子だったので、私も気にしないことにして、メニューを開く。
「サラ、どれにする?」
「うーん……どれも美味しそうで、迷ってしまいます……」
「なら全部頼むか?」
「ぜ、全部ですか!? 流石にお腹に入りません!」
さらりと恐ろしいことを口にするセス様に驚く。
「そうか。サラは少食だからな」
「そ……そうですね」
確かに自分が少食だという自覚はあるけれど、体格のいい軍人であるセス様と比べられても困るのだけど。
悩んだ末に、私はフルーツたっぷりのタルトを頼んだ。こちらのタルトも色々なフルーツが所狭しと敷き詰められていて、とても綺麗で美味しそうだ。セス様は、生クリームとイチゴが添えられているシフォンケーキを頼んでいた。
(うんっ、美味しい!)
サクサクの生地に、滑らかなカスタードクリームとジューシーなフルーツの相性は抜群だ。思わず顔が綻んでしまう。
「相変わらず、美味そうに食べるな」
「はい。このフルーツタルト、本当に美味しいです」
「そうか。このシフォンケーキもなかなか美味いぞ。食べてみるか?」
「えっ!?」
セス様に一口大に切り分けられたケーキをフォークで差し出される。人目が気になって躊躇したけれども、思い切ってパクリとかぶりついた。キャー、と一瞬、悲鳴とも歓声ともつかない声が上がった気がする。
「どうだ?」
「お……美味しいです」
シフォンケーキは驚くほどふっわふわで、口の中であっという間に溶けてなくなったかのようだった。とても美味しい……と思うのだけれども、人前でセス様に手ずから食べさせてもらってしまった恥ずかしさで、半分くらいは味が分からなかった気がする。
「そのフルーツタルト、俺に一口くれないか?」
「えっ、あ、はい」
今度は私がタルトを切り分けて、セス様に差し出す。セス様は何の躊躇いもなく、口に含んだ。
「うん、これも美味いな」
満足げに微笑むセス様。私の精神が少々削られてしまった……が、セス様がお気に召したのなら何よりだ。うん。
「ここの焼き菓子を土産に持って帰るか?」
「あ、いいですね!」
マドレーヌやフィナンシェ、クッキー等を沢山買い込んで、店を後にする。ケーキはとても美味しかったし、いい買い物もできて満足できたはずなのだけど、人前でセス様とケーキを食べさせ合った恥ずかしさの方が勝ってしまったような気がする。
「サラ、ぶつかるぞ」
そんなことを考えていたら、急にセス様に肩を引き寄せられて、我に返った。すぐ横を笑い合っている男性達がすれ違う。
「ありがとうございます、セス様」
「王都だけあって、人が多いな」
肩から手を離したセス様は、今度は私の手を握った。そのまま歩き続ける。
(嬉しい……けど、ちょっと人目が気になる……)
セス様と手を繋いでデートするのは全く嫌ではないのだけど、セス様は否が応でも女性達の注目を集めてしまうので、恥ずかしさを感じてしまう。
(でも……)
そっとセス様を見上げる。どことなく楽しそうなセス様と目が合うと、セス様は微笑みを浮かべた。
「どうした? サラ」
「いいえ、何でもありません」
楽しそうなセス様を見ていると、私も楽しくなってくる。それに、セス様とこんな風に王都の街を歩けて幸せも感じる。いちいち人目を気にしていたら、折角のデートなのに、何だかもったいないんじゃないかな。
(もう、こうなったら開き直って、セス様と一緒に楽しんでしまうしかないわよね)
セス様の手を、ぎゅっと握る。すると、セス様もしっかりと握り返してくれた。
「サラ、体調はどうだ?」
朝食前に顔を合わせたセス様から、開口一番で心配される。
「大丈夫です。流石に昨日の疲れが若干残ってはいますが、観光には全く問題ありません」
「……そうか。なら、朝食後は予定通り観光に出かけるか。少しでもしんどくなったら、すぐに言え」
「はい。ありがとうございます」
セス様と一緒に朝食を終えた後、少し裕福な庶民の格好に着替える。白と緑を基調にしたワンピースを着て、髪はシンプルに纏めた。鏡で確認してみると、どこからどう見ても庶民だ。
(元々庶民だものね、私)
苦労して身に着けてきた、辺境伯夫人としての品格はどこへやら。ちょっと悲しくなりつつも、部屋を出てセス様の執務室に向かう。出かける前に、少しだけ書類を片付けると言っていたけれど、もう終わったのだろうか。
「セス様、失礼致します」
ノックをして入室する。セス様の机の上の書類は、殆ど片付いていた。流石だ。
「サラ、もう少しで終わるから、待っていてくれ」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
私はソファーに腰かけて、待たせてもらう。
白いシャツに緑のベスト、黒のズボンというシンプルな恰好なのに、セス様はとても格好いい。庶民の服装でも、私と違って煌びやかに見える。
(セス様が庶民と言い張るのは、無理があるわよね)
セス様と王都の街を並んで歩く所を想像して、本当にセス様の隣が私でいいのかと、一瞬気が引けてしまい、慌てて首を振る。
たとえ釣り合っていなくても、他の女性がセス様の隣に立つのは嫌だ。私がいい。だったら、もっとセス様に相応しくなれるように頑張らないと。
「待たせたな、サラ。行こうか」
「はい」
セス様の仕事が終わり、馬車に乗って移動する。噴水のある広場で馬車を降り、セス様と並んで王都の街並みを散策し始めた。
(あっ、あのケーキ、美味しそう)
お洒落なカフェのテラス席に、店員が運んできたケーキが見えて、私は目が釘付けになってしまった。大粒のイチゴが隙間なくぎっしりと並べられたタルトに、色とりどりのフルーツが混ぜ込まれたクリームたっぷりのロールケーキ。見た目もとても美しく、受け取った女性客二人も目を輝かせて、すぐには食べずにじっくりとケーキを眺めている。
「サラ、あの店に入ってみるか?」
「えっ!?」
あまりにも見つめ過ぎたせいか、セス様に尋ねられてしまった。ちょっと恥ずかしい。だけど、気になるのは事実だ。
「ええと……セス様がよろしければ、入ってみたいです」
「なら行くか」
セス様と一緒にカフェに入る。途端に店内の視線が私達に、というよりセス様に向けられたのを感じながら、店員に奥の席に案内してもらった。客席が八割がた埋まっている中、テラス席も空いてはいたけれど、セス様が大通りを歩いている女性達の注目まで集めてしまいそうで、何となく嫌だった。
(仕方ないわね。庶民の格好をしていても、セス様はとても魅力的だもの)
「ね、あの人素敵じゃない?」
「本当。凄く格好いいわね」
セス様が背を向けていても、こちらを見ながら囁き合う女性達。内心面白くはなかったけれど、当のセス様が全く気に留めていない様子だったので、私も気にしないことにして、メニューを開く。
「サラ、どれにする?」
「うーん……どれも美味しそうで、迷ってしまいます……」
「なら全部頼むか?」
「ぜ、全部ですか!? 流石にお腹に入りません!」
さらりと恐ろしいことを口にするセス様に驚く。
「そうか。サラは少食だからな」
「そ……そうですね」
確かに自分が少食だという自覚はあるけれど、体格のいい軍人であるセス様と比べられても困るのだけど。
悩んだ末に、私はフルーツたっぷりのタルトを頼んだ。こちらのタルトも色々なフルーツが所狭しと敷き詰められていて、とても綺麗で美味しそうだ。セス様は、生クリームとイチゴが添えられているシフォンケーキを頼んでいた。
(うんっ、美味しい!)
サクサクの生地に、滑らかなカスタードクリームとジューシーなフルーツの相性は抜群だ。思わず顔が綻んでしまう。
「相変わらず、美味そうに食べるな」
「はい。このフルーツタルト、本当に美味しいです」
「そうか。このシフォンケーキもなかなか美味いぞ。食べてみるか?」
「えっ!?」
セス様に一口大に切り分けられたケーキをフォークで差し出される。人目が気になって躊躇したけれども、思い切ってパクリとかぶりついた。キャー、と一瞬、悲鳴とも歓声ともつかない声が上がった気がする。
「どうだ?」
「お……美味しいです」
シフォンケーキは驚くほどふっわふわで、口の中であっという間に溶けてなくなったかのようだった。とても美味しい……と思うのだけれども、人前でセス様に手ずから食べさせてもらってしまった恥ずかしさで、半分くらいは味が分からなかった気がする。
「そのフルーツタルト、俺に一口くれないか?」
「えっ、あ、はい」
今度は私がタルトを切り分けて、セス様に差し出す。セス様は何の躊躇いもなく、口に含んだ。
「うん、これも美味いな」
満足げに微笑むセス様。私の精神が少々削られてしまった……が、セス様がお気に召したのなら何よりだ。うん。
「ここの焼き菓子を土産に持って帰るか?」
「あ、いいですね!」
マドレーヌやフィナンシェ、クッキー等を沢山買い込んで、店を後にする。ケーキはとても美味しかったし、いい買い物もできて満足できたはずなのだけど、人前でセス様とケーキを食べさせ合った恥ずかしさの方が勝ってしまったような気がする。
「サラ、ぶつかるぞ」
そんなことを考えていたら、急にセス様に肩を引き寄せられて、我に返った。すぐ横を笑い合っている男性達がすれ違う。
「ありがとうございます、セス様」
「王都だけあって、人が多いな」
肩から手を離したセス様は、今度は私の手を握った。そのまま歩き続ける。
(嬉しい……けど、ちょっと人目が気になる……)
セス様と手を繋いでデートするのは全く嫌ではないのだけど、セス様は否が応でも女性達の注目を集めてしまうので、恥ずかしさを感じてしまう。
(でも……)
そっとセス様を見上げる。どことなく楽しそうなセス様と目が合うと、セス様は微笑みを浮かべた。
「どうした? サラ」
「いいえ、何でもありません」
楽しそうなセス様を見ていると、私も楽しくなってくる。それに、セス様とこんな風に王都の街を歩けて幸せも感じる。いちいち人目を気にしていたら、折角のデートなのに、何だかもったいないんじゃないかな。
(もう、こうなったら開き直って、セス様と一緒に楽しんでしまうしかないわよね)
セス様の手を、ぎゅっと握る。すると、セス様もしっかりと握り返してくれた。