【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

6.魔石店

「セス様、この白身魚のポワレ、とても美味しいです」
「気に入ったか?」
「はいっ」

 笑顔で返事をするサラに、口元が緩んだ。何でも心底美味そうに食べるサラを見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。このレストランは元々気に入っている店ではあるが、サラと一緒だと、同じ料理でもより一層美味いように思えた。

「ふう……。とても美味しかったです。お腹いっぱいになってしまいました」

 デザートも綺麗に食べ終えたサラは、満腹になったらしく、紅茶を飲みながら一息ついている。共に満足できたようで、何よりだ。

「サラ、体調は問題ないか?」
「はい。ご心配ありがとうございます」
「そうか。なら、この後少し歩いても構わないか?」
「はい、大丈夫です」

 会計を済ませ、レストランを後にして、王都をゆっくり移動する。サラが疲れていないか気にしながら二、三十分ほど歩くと、ベネット所長に紹介してもらった魔石店に到着した。

「うわあ……。凄く綺麗ですね……」

 店内のショーケースには、珍しい効果が付与された貴重な魔石や、魔力が込められた魔石を使った首飾りや耳飾り等の装飾品が、所狭しと並べられている。流石はベネット所長のお気に入りの店だ。王都を代表する魔石店と言うだけあって、品揃えは豊富だった。質の良い魔石は、宝石と遜色ない程の輝きを放っており、それらに目を奪われていたサラは、ふと値札に気付いたのか、顔を引き攣らせて固まる。

「いらっしゃいませ」
 俺達の来店に気付いた店長が歩み寄ってきた。

「何かお探しでしょうか?」
「魔力を増強するか、魔力不足からくる疲労を軽減する効果が付与された魔石はあるか?」
「はい。すぐにお持ち致しますので、どうぞこちらにおかけになってお待ちください」
 店長に勧められた椅子に座り、魔石と装飾品を持ってきてもらう。

「こちらが魔力を増強する効果を付与した魔石を使ったものになります。そしてこちらは魔力不足の症状を軽減する効果がございます」

 店長が持ってきた魔石と、指輪や首飾り等を見比べながら、隣に座るサラに尋ねる。

「サラ、気に入ったものはあるか?」
「えっ!? わ、私の分ですか!?」
 サラは驚いたように目を丸くした。

「そうだ。他に誰がいる?」
「セス様ご自身の分は……?」
「俺は不要だ。今のままで不都合を感じていないからな」
 当惑した様子のサラを尻目に、サラに似合いそうな装飾品を考える。

「もしこちらの装飾品がお気に召さないようでしたら、魔石を他のデザインのものに付け替えることも可能ですので、是非ご検討ください」
「そうか」
 店長に言われて、選択肢が広がった。

「サラ、お前は何か希望はあるか?」
「え? いいえ、特には……」

 サラは普段あまり装飾品を身に着けないからか、煌びやかな装飾品を見つめながら、困惑した表情を浮かべている。特に希望がなく、決めづらいのであれば、俺が決めてしまってもいいだろう。

(髪飾りは以前渡した物があるし、指輪も結婚指輪がある。首飾りや耳飾りでもいいが、夜会の時は家宝の物を身に着ける。となると……)

「……これとこれを使って、ブローチにしてもらおうか」
「畏まりました。お任せください」

 店長に見せられた中で、それぞれ最も効果の高い魔石を選び、サラが身に着けやすそうなブローチにすることにした。数日かかるらしいので、出来上がったら王都の屋敷に届けてくれるよう伝えておく。

「セス様、よろしいのですか? あんな高価な魔石でなくても良かったのでは……」
 店を出ると、サラがおずおずと尋ねてきた。

「何を言う。お前の健康を保てるのなら、あれくらい安いものだ」
「あ……ありがとうございます」
 サラは恐縮しながらも、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ブローチが届いたら、疲れた時はちゃんと身に着けろ。勿体ないなどと言って使わなかったら、宝の持ち腐れだからな」
「はい。必ず身に着けます」
「だが、だからといって魔力を使い過ぎるな。当分は今まで通り、一日十枚までだ」
「そこは増やしてもいいのでは……?」
「駄目だ」
 腑に落ちない様子のサラに即答する。

「魔石があるからと魔力の使い過ぎが常態化してしまうと、万が一魔石をなくしたり、魔石に込められた魔力が切れてしまった時、魔石に頼っていた分、自力での回復力が劣ってしまうからな」
「そうなんですね。分かりました」
 理由を説明したら、サラも納得したようだった。

 魔石店の後は、ケリー第一騎士団長に教えてもらったワイン店を目指す。国境警備軍の部下達には酒好きも多い。赤ワインと白ワインを数種類、ついでにつまみになりそうな、魚介の干物や燻製、チーズやナッツも買い込んだ。これで土産は十分だろう。

「沢山買ってしまいましたね」
 一緒に選んだサラは、皆が喜ぶ顔を思い浮かべていたのか、終始楽しそうだった。

「ああ。流石に買い過ぎたか」
「でも、皆さんに配ったら、あっという間になくなりますよ」
「それもそうだな」

 既に日が傾いており、一日が短く感じた。充実感を覚えながら、王都の屋敷に戻る。

 一日王都観光を楽しんだ後は、数日王宮に通い、王都での仕事を終わらせた。その間サラは魔法研究所で、ベネット所長の研究に協力していた。王都にいる間にしかできないから仕方ないとはいえ、日に日に疲労の色が濃くなっていくサラが心配だ。

 王都での予定が全て終了した日、屋敷に帰ると、夕方にブローチが届けられたと、イアンが報告してきた。

「素敵ですね……!」

 葉の形をした金細工の根元に一つ、その上に乗る銀細工の雪の結晶の中心に一つ、魔石が使われたブローチを見て、サラは目を輝かせる。多少値は張ったが、良い買い物ができたようで、サラの笑顔に思わず頬が緩んだ。

「サラ、着けてやろう」
「あ、ありがとうございます」

 早速サラの胸元にブローチを着けてやる。サラはあまり表に出していないが、この数日間ベネット所長に付き合わされて、かなり疲れている筈だ。

「よく似合っているな。体調はどうだ?」
「……何だか、身体が少し軽くなったような気がします。さっきまで怠さがあったのですが……」

 気のせいか、サラの顔色も若干良くなったように見える。どうやら効果もちゃんと期待できるようだ。

「それは何よりだ。これで少しは楽になるだろう」
「はい。ありがとうございます!」

 嬉しそうなサラの満面の笑みを見て、俺も顔を綻ばせた。
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