【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

7.フォスター伯爵領

 王都を離れる日の朝。
 連日魔法研究所で魔力を使い過ぎたせいか、まだ少し身体は怠く感じる。でも、セス様に貰ったブローチのお蔭で、昨日の朝よりも体調は大分良かった。服を着替えた私は、早速ブローチを胸元に着けてみる。すると、残っていた怠さも気にならなくなった。

(本当にありがたいわ)

 ブローチはデザインも素敵だし、普段使いでも、夜会に着けていくこともできそうだ。セス様の思いやりに心から感謝しながら、食堂に移動する。

「おはようございます、セス様」
「早いな。体調はどうだ?」
 胸元のブローチに気付いたのか、セス様が心配そうに尋ねてきた。

「大丈夫です。まだ少しだけ怠さが残っていたくらいですが、ブローチを着けたらそれもなくなりました」
「そうか。なら良かった」

 セス様と一緒に朝食を終え、イアンさんとアンナさんに見送られながら、王都の屋敷を後にする。キンバリー辺境伯領に帰る前に、フォスター伯爵領に寄り道するのだ。

 色々あったけれど、今は私がフォスター伯爵なのである。とは言っても、十歳までは平民として暮らし、その後三年程は父によって貴族として教育を受けさせてもらえたものの、後は継母、異母兄、異母姉に虐げられていただけの私は、領地を治めた経験もなければ、十分な知識も持っていない。現状はセス様が後見人として、私の代わりに統治してくれているけれど、いつまでも忙しいセス様に甘えて負担をかけ続ける訳にはいかない。一生懸命勉強して、一日も早くフォスター伯爵領を自分で治められるようになるのが、当面の目標なのだ。

 王都から二日かけて、フォスター伯爵領に到着した。ここに来るのは、異母兄達に追い出されて以来だ。久しぶりの故郷に懐かしさも感じながら、馬車の中から記憶と変わらない景色を見つめていると、かつてのフォスター伯爵家に到着する。

「お久しぶりです、旦那様、奥様」

 私達を出迎えてくれたのは、数名の使用人達だ。私達は普段キンバリー辺境伯領で生活し、滅多にフォスター伯爵領を訪れないので、家の維持と領地の把握に必要な少数精鋭を新たに雇うことにした。
 因みに以前の使用人達は、全員解雇したらしい。私としては、異母姉達と一緒になって私に辛く当たっていた者達はともかく、見て見ぬふりをしていた者達は、別に雇い続けてもいいのでは、と思っていた。でもセス様曰く、私が辛い目にあっている時に、僅かでも手を差し伸べようともしなかった薄情者共は、今後も信用できないので雇う価値なし、とのことだ。言われてみれば、確かにそうかもしれない。

「来る途中で実際に領地を見てきたが、報告書通り改善はされているようだな」
「はい。奥様の異母兄のトリスタン・フォスター前伯爵が酷い税の取り立て方をしてきた分、税収を抑え、領民達の生活環境の回復に専念してきた成果が出つつあります」

 セス様に報告しているのは、イアンさんとアンナさんの息子で、家令のダンさんだ。ベンさんとは従弟というだけのことはあって、とてもよく似ている。かなり優秀な人のようで、時折キンバリー辺境伯家に送られてくる彼の報告書は、簡潔で分かりやすく纏められている。
 父が亡くなり、異母兄がフォスター伯爵位を継いだ途端、継母達と共に自分達の贅沢の為に、領民達から相当税を巻き上げ、自分勝手に散財していたようだ。以前ダンさんから送られてきた報告書を読んで詳細を知り、領民達を犠牲に私利私欲に走っていたことに、憤りしか感じなかった。だけど、セス様が早急に対策してくれたお蔭で、少しずつ領民達の生活が以前のものに戻りつつある。フォスター伯爵領の現状をダンさんの口から聞いて、私は胸を撫で下ろした。

「それでいい。引き続き頼む」
「畏まりました」

 ダンさんの報告を聞いて打ち合わせた後、セス様と一緒にフォスター伯爵領を見て回る。フォスター伯爵領は元々作物の実りが良い土地だ。今年も豊作になるよう願いながら、日が傾きかけた頃に麦畑や果樹園を後にし、最後の目的地へと向かう。

「こんばんは」
「いらっしゃいませ! お二人様ですね、こちらへどうぞ」

 大衆食堂のテーブル席に案内してもらいながら、私は懐かしさで胸がいっぱいになり、女将さんに話しかける。

「お久しぶりです、女将さん。お元気そうで何よりです」
「ええと……? もしかして、サラちゃん!?」
「はい!」
「ええええええ!?」

 女将さんは驚いたように大声で叫ぶと、慌てて店の奥に行き、店長さんを引っ張り出してきた。

「あんたー!! ちょっと来ておくれよ!!」
「何だよ、今忙しいのは見て分かるだろ!?」
「いいから来な! サラちゃんだよ! サラちゃんが来てくれたんだよ!!」
「サラちゃんだって!?」

 記憶よりも少し白髪が増えた店長さんは、私を見て相好を崩した。

「サラちゃん!! 大きくなったなあ! すっかり別嬪さんになっちまって!」
「ありがとうございます。店長さんもお元気そうですね」
「ああ元気元気! 元気だけが取り柄だからな!」
 陽気に笑う店長さんと女将さん。

 このお店は、私がまだ平民として暮らしていた頃、お母さんをウエイトレスとして雇ってくれていた大衆食堂だ。ここの店長さんと女将さんには、私も随分可愛がってもらった。お母さんが流行り病で亡くなって、フォスター伯爵家に引き取られることになった時に、慌ただしく挨拶だけして、それっきりだったのだ。

「ご無沙汰してしまってすみませんでした。久しぶりにこちらに来たので、ご挨拶だけでもと思って」
「いやあ来てくれて嬉しいよ! いやもうお貴族様になったんだったね。ええと、お越しいただきまして光栄でございます」
「やだ女将さん、今まで通りでいいですよ」
「そうかい? じゃあそうさせてもらうよ。今は元気でやっているのかい?」
「はい。こちらのセス・キンバリー辺境伯と結婚しまして、今はキンバリー辺境伯家で暮らしています」
 お世話になったお二人に、セス様を紹介する。

「キンバリー辺境伯!? こ、この度はお目にかかれて、大変光栄で……」
「構わん。楽にしてくれ。サラもそれを望んでいるからな」
「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 先程の私と女将さんのやり取りを、今度はセス様と店長さんがしているけれども、店長さんがカチコチに緊張していて、私は思わず笑ってしまった。

「いい男じゃないか、サラちゃん。大切にしてもらっているのかい?」
「はい。セス様と結婚できて、私は今とても幸せです!」
「そうかい。良かったねえ……」
 満面の笑みで答えると、二人は涙ぐんでいた。

「忙しい所に邪魔してしまってすまないな。店主、俺の奢りで、ここに居る客全員に酒をふるまってくれ」
「「「うおおおおお!?」」」
 セス様の言葉に、あちこちから歓声が上がる。

「兄ちゃん! あんた太っ腹だな!」
「俺達のことなら気にすんな! 久しぶりの再会ってやつだろ? 積もる話もあるだろうしよ!」
「そうそう! ちょっとくらい飯が出てくるのが遅くても気にしねえよ!」
「そうか。感謝する。店主、全員の勘定を俺が払おう」
「「「ええええええ!?」」」

 セス様の一言で、店内はお祭り騒ぎになった。店長さんと女将さんがより忙しそうになってしまったのは、ちょっと申し訳なかったなと思う。でも、店内の皆が楽しそうな笑顔で盛り上がって、何故か私達の所に乾杯しに来てくれる人達が絶えなくて、私も面白可笑しくて、懐かしい人達と一緒になってずっと笑っていた。
< 7 / 33 >

この作品をシェア

pagetop