【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

8.帰路

「それじゃ店長さん、女将さん、お邪魔しました」
「色々お土産まで貰っちまって、ありがとうよ」
「いいえ、こちらこそサンドウィッチ、本当にありがとうございます」

 ずっと気になっていた、店長さんと女将さんとの再会も果たせて、本当に嬉しくて楽しい時間を過ごせた。お二人にキンバリー辺境伯領の干し肉や、王都のワインとお菓子をお土産に渡したら、私が子供の頃によく食べさせてもらった好物のサンドウィッチを、大急ぎで作ってくれた。しかもフォスター伯爵家の使用人達の分まで。明日の朝に、皆でありがたく頂こう。

「サラちゃんならいつでも大歓迎だからね。また来てちょうだい」
「はい。必ずまた来ます」

 お二人にお礼を言って、馬車に乗り込もうとしたら、女将さんに呼び止められた。

「そういえばサラちゃんって、親戚の人はいたんだっけ?」
「え? 親戚の人……ですか?」
 誰のことか分からなくて、私は首を傾げる。

 私の親戚といえば、お母さんの方はいない筈なので、父の方の誰かだろうか。継母と異母兄と異母姉は、王宮で禁止されていた攻撃魔法を使用した罪で、鉱山での重労働と厳しい修道院に送られた筈だから、絶対違うと思うけど……。
 まさか逃げ出してきたのでは、と嫌な考えが脳裏をよぎる。

「数ヶ月程前に、マヤさんの親戚だとか言う男の人が二人、店に来たんだよ」

 マヤ、というのは、私のお母さんの名前だ。あの三人ではなかったことに、こっそり胸を撫で下ろす。だけど、お母さんの親戚なんて、聞いたことがないのだけれど……。

「二人共マヤさんとサラちゃんと同じ、黒い髪に黒い目をしていたから、親戚だって言葉を信じてしまってね。マヤさんのことを知りたがっていたから、流行り病で亡くなったことを伝えたんだけど、何だか悔しそうにしていたんだよ。でもどうにもマヤさんのことを悼んでいるようには見えなかったから、何となく胸騒ぎがしてね……。サラちゃんのことも聞かれたけど、父親に引き取られたみたいで、今は何処にいるか分からない、って言っておいたんだけど、それで良かったかね……?」
 女将さんの言葉を聞いて、私は少し考える。

 私には心当たりが全くないけれど、本当にその二人は、お母さんの親戚なのだろうか?
 本当なら、会ってみたいと思う。だけど、もし本当に親戚なのだとしたら、お母さんのことを悼んでいるようには見えなかった、という女将さんの言葉が気になる。仕事柄、色々なお客さんをずっと見てきた、商売人の女将さんの人を見る目は確かな筈だ。胸騒ぎがしたと言うのも、あながち間違いではないと思う。
 ……もしかしたら、貴族になった私を訪ねて、親戚のふりをしてお金を無心しようと画策している人達なのかもしれない。たとえ嘘でもお母さんの親戚だと主張されたら、私には分からないし、調べようもない上に、その人達を無下に扱うこともできない。だとしたら、私の行方を適当に誤魔化してくれた女将さんの対応は流石だ。感謝しなくては。

「はい。それで大丈夫です。ありがとうございます」

 はっきりと笑顔で言い切ると、不安げな表情を浮かべていた女将さんは、胸のつかえが取れたようにすっきりとした表情に変わった。

「そうかい。それなら良かったよ」

 女将さん達と別れて、フォスター伯爵家に戻る。親戚を名乗る二人の男の人のことは、やはり少し気になっていたけれども、お店のお客さん達と騒いで流石に疲れたのか、その日はそのままぐっすり寝てしまった。

 ***

 翌朝は体調も完全に回復していて、ブローチを着ける必要もなかった。
 朝食に楽しみにしていた、店長さんと女将さんのサンドウィッチを頂く。具は焼き肉やハンバーグ、たっぷりの卵にシャキシャキしたレタス等、種類が豊富で見た目も鮮やかだ。勿論味は文句なしに美味しい。あの頃から変わらない懐かしい味に夢中になって頬張っていると、気付けばペロリと完食していた。

「ふむ。美味いな」

 セス様も気に入ってくれたようだし、後で使用人達からも美味しかったとの感想を聞かせてもらった。私の好きな味が、皆にも好評で嬉しくなる。

 朝食後、フォスター伯爵家を後にして、私達はキンバリー辺境伯家への帰路に就いた。

「サラ、これからは毎日、魔石の装飾品は全て着けるようにしろ」
 馬車の中で、急にセス様に言われて、私は戸惑う。

「魔石の装飾品を、全て……ですか?」
「ああ。髪飾りにブローチは勿論、首飾りに耳飾りもだ」
「えっ、家宝のネックレスとイヤリングもですか!?」

 以前セス様にプレゼントしてもらった髪飾りは、とてもお気に入りなので、できるだけ毎日着けるようにしているし、先日頂いたブローチも、魔力を使い過ぎて必要になった時は、ありがたく身に着けさせてもらうつもりだ。その二つだけならともかく、キンバリー辺境伯家の家宝として渡され、あまりにも恐れ多くて夜会の時だけ身に着けている、ネックレスとイヤリングも、これから毎日身に着けろということなのだろうか?

「そうだ」
「ええっ!?」

 セス様と結婚し、キンバリー辺境伯夫人になって半年が経つとはいえ、高価な装飾品を身に着けることにまだ慣れていない私は、セス様の言葉を聞いて飛び上がりそうになった。

「そ……それは、どうして……ですか?」
「念の為だ」
「念の為?」
 セス様の真意が分からなくて、私は首を傾げる。

「それはそうと、そろそろ装飾品を身に着けることに慣れたらどうだ? 装飾品もだが、ドレスに靴も、未だに高価な物を見ると、尻込みしているだろう」
「そ……それはそうですが……」

 セス様の言う通り、元平民の私は、高価な物を身に着けるとなると、未だに緊張してしまう。汚さないように、落とさないように、無くさないようにと、ついつい神経を尖らせて、結果気疲れしてしまうのだ。

「手始めに魔石の装飾品だな。後はドレスを新調してもいい。靴もそれに合わせるか。ああ、もうすぐ夏だから帽子を買ってもいいな」
「セ、セス様!? ドレスはついこの間、王都に来る前に頂いたばかりですし、靴だって沢山ありますが!?」
「キンバリー辺境伯夫人としては少ない方だ。そうだ、折角王都まで足を運んだのだから、最新の流行の服とやらを買っておけばよかったな」
「十分です! 十分ですから!!」
 慌てて必死で止めようとする私に、セス様はクスクスと笑い出す。

「相変わらずお前は欲がないな」
「……セス様、冗談ですわよね?」
「十割くらいは本気だ」
「つまり全く冗談ではないと……」

 セス様は結婚してから、何かと私に色々プレゼントしてくれる。それはとても嬉しいし、ありがたいのだけれど、流石に少々甘やかしすぎではないだろうか。私がもう十分だと言っても、いつもキンバリー辺境伯夫人としては少ない、とかで結局押し切られてしまうのだ。

(根が平民だからか、貴族夫人としての普通が全く分からないわ……)

 そういえば、何か忘れている気がする。何だっけ……でもいいか。今は放っておけば、またドレスを大量にプレゼントしてきそうなセス様を、何とか説得して止める方法を考えなければならないのだから。
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