【続】なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

9.キンバリー辺境伯領

 フォスター伯爵家から五日かけて、私達はキンバリー辺境伯家に帰ってきた。

「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
「今帰った」
「皆さん、ただいま帰りました」

 使用人の皆が、私達を出迎えてくれた。王都もフォスター伯爵家も、イアンさんアンナさん夫婦や、ダンさん達のお蔭で居心地は良かったけれど、やっぱり我が家が一番だ。
 ベンさんやアガタさん達に、荷物の解体やお土産の配布をお願いして、セス様と一緒にリアンさんから留守中の報告を聞く。どうやら特に何事もなかったようで、ほっと胸を撫で下ろした。

「奥様、お土産ありがとうございました。王都はいかがでしたか?」
「とても楽しかったです。イアンさんとアンナさんもお元気でしたよ」
 夕食前に、ハンナさんとアガタさんに着替えを手伝ってもらいながら、土産話に花を咲かせる。

「王都の食事もお菓子も、とても美味しかったです! お義母さん達にもお土産で沢山持って帰ってきましたので、是非後で召し上がってください」
「あら、本当? ありがとう、アガタさん。楽しみだわ!」
 ハンナさんとアガタさんは、嫁姑問題などまるで関係なさそうなくらい仲が良くて、見ていて微笑ましくなる。

「フォスター伯爵家では、ダンさんが立派に家令を務めていました。領地も少しずつ回復に向かっているみたいで、一安心です」
「それは良かったですね。奥様が小さい頃にお世話になっていたという、大衆食堂の方々にはお会いできましたか?」
「はい。久しぶりにお会いできて、とても嬉しかったです」
「良かったですね。充実した旅行になったようで、何よりです」
「ありがとうございます」

 着替え終わり、セス様と一緒に夕食をとる。王都の食事も、久しぶりに食べた店長さんと女将さんのサンドウィッチもとても美味しかったけれど、ケイさんの料理もやはり美味しい。
 久しぶりの我が家を満喫しつつも、やはり旅の疲れがあったのか、夕食後はすぐに眠気に襲われ、朝までぐっすり眠ってしまった。

 ***

 翌朝、早速出勤するセス様と一緒に、フィリップさんが操る馬車に乗せてもらい、国境警備軍の人達にお土産を渡しに、北の国境沿いに聳え立つ砦に向かった。

「おはようございます、キンバリー総司令官」
「おはよう。長らく留守にしたな」
 セス様の姿を見て、兵士の人達が声をかけてくる。

「おはようございます、皆さん。少しお邪魔しますね」
「はい! ごゆっくりどうぞ!」
「あっ、俺荷物持ちますよ!」
「俺も運びます!」

 馬車からお土産を出し、フィリップさんにも手伝ってもらって運んでいると、兵士の人達もまるで競い合うように手を貸してくれた。セス様の執務室に運び入れて、運んでくれたお礼を言って兵士の人達の退室を見送る。一息つくとすぐに扉がノックされ、ジョーさん、ラシャドさん、ジャンヌさんが入ってきた。

「失礼致します」
「おはようございます、キンバリー総司令官」
「久しぶりだな、セス」
「ジョー!」
 相変わらずのジョーさんは、ジャンヌさんに小突かれている。

「痛っ! 別にいいだろ? まだ勤務時間前なんだしよ」
「全く……。サラも久しぶりね。元気だった?」
「はい。皆さん、ご無沙汰しています」
 久々にジャンヌさんや皆さんに会えて、私は思わず笑顔になる。

「王都でお土産を買ってきたので、皆さんで分けてください」
「おおっ! 流石サラちゃん! ありがとうな!」
 お酒や珍味を前に、目を輝かせるジョーさん。

「わあ、お菓子もある! あっ、これ前に貰ってとても美味しかったから、また食べたかったのよね! 皆で分けるわ。ありがとう!」
「どういたしまして、ジャンヌさん」
 お菓子を見てはしゃいでいるジャンヌさんは、いつもの凛々しい雰囲気とは違って、とても可愛い。

「ありがとうございます、サラさん。皆喜びます」
「そう言ってもらえると、買ってきた甲斐がありました」
 強面のラシャドさんも、嬉しそうに笑みを浮かべている。

「留守中ご苦労だったな。変わりはないか?」

 セス様の一言で、皆表情を引き締め、一気に空気が張り詰める。てっきり、特に何もなかったという答えが返ってくるだろうと思っていた私は、ただならぬ雰囲気に、何かあったのかと身を強張らせた。
 ジョーさん達の報告によると、私達が留守にしていた間、砦のそばを流れる大きな川の向こうの森から、魔獣が数回現れたらしい。いずれもすぐに討伐したそうで、大した被害はなかったと聞いて、私は一安心した。

「そうか。春になって魔獣の活動が活発になる頃だとは言え、この辺りで一ヶ月弱に数回となると多い方だな」
「ああ。ちょっと気になるよな」
「ジョー。今は仕事中なんだから、敬語を使いなさい。もう勤務時間になっているわよ」
「固いこと言うなよ……」
 ジャンヌさんに睨まれながら、へらりと笑うジョーさん。

「他の地域は大丈夫なのか?」
「はい。魔獣の出現が増えたのは、この近辺だけのようです」
「この近辺だけ……か」
 ラシャドさんの返答に、セス様は考え込む。

「サラの魔獣除けのまじないは、施していたのか?」
「はい。ですが、魔獣の出現後に見回ったところ、全て破れてしまっていました。新しく設置もしたのですが、再度魔獣が現れ、確認しに行ったらまた破れているという状況が続いていて……」
 ジャンヌさんが困惑したように報告する。

「サラちゃんのおまじないの効力は一回だけだからな。森の魔獣の数が増えすぎて、対応しきれなくなっている可能性があるんじゃないかって、皆で言っていた所なんだ」
「ふむ。一理あるな」
 ジョーさんの意見に、セス様も頷く。

「一度森の様子を確認した方がいいかもしれん。ラシャド、ジャンヌ、偵察部隊を組め。ジョーは砦の守りを固めろ」
「「畏まりました」」
「了解!」
 セス様の指示で、皆すぐに退室していった。

「サラ、先に帰っていろ。今日は少し遅くなるかもしれん」

 セス様の言葉に、私は頷く。
 魔獣の件もあるのだろうが、セス様の机の上にも、不在時に溜まっていたのであろう書類が山のように積み上がっている。きっと今日は、セス様はとても忙しくなるのだろう。

「分かりました。どうか気を付けてくださいね」
「ああ。お前も気を付けて帰れ。フィリップ、頼んだぞ」
「畏まりました」
 魔獣の出現の報告に少し不安に駆られながら、セス様に見送られて、フィリップさんと執務室を出る。

(でも、きっと大丈夫よね。皆さんとても強いもの)

 国境警備軍の皆さんの実力は、私も見せてもらったことがある。セス様の氷魔法はヴェルメリオ国で一番だし、ジョーさんの火魔法も、ラシャドさんの土魔法も、ジャンヌさんの風魔法も、とても素晴らしいのだ。人を襲う恐ろしい魔獣が相手でも、きっと大丈夫に決まっている。

 次々に指示が飛び交い、俄かに活気づき始めた砦を後にして、私はフィリップさんの馬車に乗り、キンバリー辺境伯家への帰路に就いた。
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