📚 本に恋して 📚    第七回:『心の窓』 沢木耕太郎著
第二話:ビオディナミ開眼

「私が買いたくなるようなワインがなくなってきたのです」

ワインの仲買商として超一流のランクに位置づけられるようになったルロワ社でしたが、マダムは危機感を強めていました。買い付けたいと思う味のワインがどんどん少なくなってきたからです。

当時は、多くの葡萄生産農家が生産効率を上げるために、大量の農薬散布をするようになっていました。しかし、それが土を弱らせていたのです。当然、それは葡萄の生育や味に影響します。

そこで、マダムは一大決心をします。
自分の畑を持つという決断をするのです。

しかし、そう簡単に理想の畑に改良できるはずはなく、マダムは悩み続けます。出来上がったワインを試飲する度に、得体のしれない味、舌に馴染まない違和感のある物質を感じるからです。

そんな時、農業の専門誌に紹介された友人の記事を目にします。
その人は、従来の農法からビオディナミ農法に転換して、群を抜くワイン造りを成功させていました。

ビオディナミ農法とは、先祖帰りのような農法で、『自然な環境で土壌と植物を保全し、価値を与える取組み』であり、農薬と化学肥料を使わない有機栽培の一種のことを言います。

残留農薬のない安全なワイン造り、土本来の持ち味を生かしたワイン造り、それを目指したのが、ビオディナミ農法による葡萄栽培なのです。

友人の畑を見学した時のマダムの驚きは半端ないものでした。
「何よりも私を感動させたのは、畑の美しさでした。黒々とした生命力のある土。畑の周りに生えている昔ながらの雑草。ひと目で、健康な畑であることがわかりました。馬が土を耕し、(うね)の美しさには感動すら覚えました。葡萄の木々も生きていて、果実も生きていて、そして何より、友人が作る白ワインの素晴らしさが、畑の転換の正しさを物語っていました。」

もちろん、畑をほったらかし(・・・・・・)にしておくわけではありません。
春になると、ケイ素をたくさん含んだトクサやスギナを煎じた液を撒きます。
有害な菌が土から木へと侵入するのを防ぐためです。

そして、植物肥料を施します。
硫黄分の補充のためにノコギリ草を、鉄分の補充のためにイラ草を、石灰分の補充のためにカモミールを、カノコ草はリンを、西洋タンポポは珪酸を土にもたらします。
植物肥料だけで土は豊かな寝床になるのです。

更に、酸素をたっぷり入れるために、時折、土を掘り起こします。
その上に、太陽が降り注ぎ、雨が降ります。
自然のサイクルが土と葡萄を育てていくのです。

「葡萄を育てることは、その周りの環境やそこに住みついている虫や動物なども共に育てることなのです。それらの生体連鎖によって始めて、良い条件が生まれてくるのです」

黄金の斜面は若葉一色。
水と光の季節……、
天と地の恵みで葡萄が育つ。


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