📚 本に恋して 📚 第七回:『心の窓』 沢木耕太郎著
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とても美しい表紙です。
ユリが一面に咲く丘で少女が空を見上げています。
視線の先には、飛行機雲でしょうか、一本の白い筋が描かれています。
そうです。愛する人が飛び立った先を見つめているのです。
母親とも学校のクラスメートともうまくいかない中学生の少女が主人公です。
ある日、彼女は現実から逃げるように近くの丘にある穴(防空壕跡)に入り、そのまま野宿する羽目になります。
目を覚ますと、目の前には見知らぬ野原が広がっていました。しかし、防空壕跡にじっとしているわけにもいかず、見知らぬ土地を彷徨います。でも、知った人も場所もなく、遂に歩き疲れてうずくまってしまいますが、その時、心配そうな声が耳に届きます。
目を開けると、軍服を着た青年が見つめていました。少女は、時空を超えて昭和20年6月10日にタイムスリップしていたのです。
青年は特攻隊に志願していました。
敵艦に突撃するための片道切符の飛行機に乗るのが任務だといいます。
簡単に言うと自爆です。
死ぬために飛び立つのです。
ある日、青年が丘の上に連れて行ってくれました。
そこには、岩場を埋め尽くすような無数の百合が咲いていました。
そこで時間を過ごすうちに淡い恋心が芽生えてきます。
しかし、彼の話を聞くうちに、少女は特攻隊の存在に疑問を持ちます。そのことに口にすると、「日本軍がアメリカに勝てば、全て元通りになる。だから、命を懸けて戦う」と反論され、「もし日本が負けたら、何もかも奪われて、兵士は捕虜になり、一般市民も奴隷のような扱いを受ける。そんなことは受け入れられない。だから、なんとしてでも勝たなければならない」ときっぱりと言い切られます。それでも少女は抗いますが、青年の気持ちを変えることはできません。
その後、青年が紹介してくれた食堂で住み込みとして働き始めますが、現代との違いに驚きます。冷蔵庫も洗濯機も掃除機もないからです。冷やすのは氷を入れた木製の箱で、掃除は箒とちり取りと雑巾。洗濯はたらいと洗濯板なのです。
お米も手に入れるのが難しくなっています。統制されているからです。白いご飯を食べるのは贅沢とされているのです。
好きな服を着ることもできません。おしゃれができないのです。もし見つかったら、憲兵にこっぴどく叱られるからです。
少女は自分が生きていた現代がありがたい時代なんだと思い知ります。
ある日、身寄りのない小さな子供に寄り添っている時、「早く戦争が終わればいいのに。早く負けを認めちゃえばいいのに」と呟きます。すると、通りかかった警官から咎められます。しかし少女は謝りません。決然と反論するのです。思ったことを口にしただけだと食い下がりますが、警官に通用するわけはありません。彼は怒りに任せて、棍棒を振り上げたのです。言論統制があり、自由にものが言えない時代に正論は禁句なのです。
7月になり、沖縄の守備隊が全滅したという情報がもたらされます。新聞には東京をはじめとした大都市がB29で爆撃されたという記事が載り始めます。日本は敗戦の瀬戸際に立たされていたのです。
それは、少女の身の上にも起こります。空襲警報が鳴り響き、空から焼夷弾(ガソリンなどの燃料が入った恐ろしい爆弾)が降ってきたのです。それだけでなく、低空で飛ぶ飛行機から数えきれないほどの銃弾が、ものすごい勢いで、雨あられのように飛んできました。
辺り一面が焼き尽くされ、人々は次々に倒れていきました。その時、少女は初めて『焼け野原』という言葉を実感します。見渡す限り何もないのです。地獄だと思いました。
なんとか命拾いして食堂に戻った少女に次の試練が待っていました。
恋心を抱いていた青年に出撃命令が下ったのです。それも3日後。
少女は必死になって止めました。彼の背中に手を回して、すがりついて止めました。しかし、彼を止めることはできませんでした。基地へ戻る彼を茫然と見つめることしかできませんでした。
出撃の日、少女は見送りに行きませんでした。行ったら、特攻機に飛びついて止めたくなるからです。部屋の片隅で膝を抱えて、畳の目を睨みつけながら、耐えていました。
風が吹いて、風鈴が鳴りました。ふと、ちゃぶ台の上を見ると、手紙があることに気づきました。特攻隊員が家族に宛てた手紙でした。軍を通して送ると中身を検閲されるので、食堂のおばさんに頼んだもののようでした。
その中に青年が書いた手紙がありました。家族宛に4通。それ以外に1通。それは、少女に宛てた手紙でした。
それを見た瞬間、少女は駆け出しました。青年が飛び立とうとしている基地へ走り続けたのです。
なんとか間に合って、青年の名前を呼ぶと、彼は気づいて、笑みを返してくれました。そして、胸もとに挿していた百合を放り投げました。それは少女への別れの贈り物であり、それが彼との最後になりました。小さくなっていく機影を見つめていると、意識がなくなり、地面に倒れ伏しました。
気づくと、元の時代に戻っていました。
家に帰ると、お母さんに頬を平手打ちされました。母親は心配で心配で寝ないで探し続けていたのです。泣く姿を見て、初めて母の愛を知りました。反抗して、迷惑をかけて、喧嘩ばかりしていましたが、こんなにも愛されていたことに気づきました。
心を入れ替えた少女は、再び学校に通い始めます。郊外活動に参加し、リーダーとしてグループを率いることになりますが、訪問先を知って、心臓が早鐘を打ち始めます。
『特攻資料館』
特攻隊員たちの写真や手紙や日記や遺品が展示されているところです。
そこには、タイムスリップして知り合った多くの若者の顔がありました。
その一つ一つを見て、手紙を読んでいくと、信じられないものに出くわしました。
あの青年が書いた自分宛の手紙でした。
間違いなく彼の字でした。自分に対する想いが切々と綴られていました。
そこで、この物語が終わったと思いました。
感動的でありながらも、爽やかな終わり方だと思いました。
しかし、違っていました。
汐見さんは驚きのエピローグを用意していたのです。
それは、青年の視点で描かれた美しいエンディングでした。
この場面は是非、実際に本を手に取ってお読みになってください。
とても美しい表紙です。
ユリが一面に咲く丘で少女が空を見上げています。
視線の先には、飛行機雲でしょうか、一本の白い筋が描かれています。
そうです。愛する人が飛び立った先を見つめているのです。
母親とも学校のクラスメートともうまくいかない中学生の少女が主人公です。
ある日、彼女は現実から逃げるように近くの丘にある穴(防空壕跡)に入り、そのまま野宿する羽目になります。
目を覚ますと、目の前には見知らぬ野原が広がっていました。しかし、防空壕跡にじっとしているわけにもいかず、見知らぬ土地を彷徨います。でも、知った人も場所もなく、遂に歩き疲れてうずくまってしまいますが、その時、心配そうな声が耳に届きます。
目を開けると、軍服を着た青年が見つめていました。少女は、時空を超えて昭和20年6月10日にタイムスリップしていたのです。
青年は特攻隊に志願していました。
敵艦に突撃するための片道切符の飛行機に乗るのが任務だといいます。
簡単に言うと自爆です。
死ぬために飛び立つのです。
ある日、青年が丘の上に連れて行ってくれました。
そこには、岩場を埋め尽くすような無数の百合が咲いていました。
そこで時間を過ごすうちに淡い恋心が芽生えてきます。
しかし、彼の話を聞くうちに、少女は特攻隊の存在に疑問を持ちます。そのことに口にすると、「日本軍がアメリカに勝てば、全て元通りになる。だから、命を懸けて戦う」と反論され、「もし日本が負けたら、何もかも奪われて、兵士は捕虜になり、一般市民も奴隷のような扱いを受ける。そんなことは受け入れられない。だから、なんとしてでも勝たなければならない」ときっぱりと言い切られます。それでも少女は抗いますが、青年の気持ちを変えることはできません。
その後、青年が紹介してくれた食堂で住み込みとして働き始めますが、現代との違いに驚きます。冷蔵庫も洗濯機も掃除機もないからです。冷やすのは氷を入れた木製の箱で、掃除は箒とちり取りと雑巾。洗濯はたらいと洗濯板なのです。
お米も手に入れるのが難しくなっています。統制されているからです。白いご飯を食べるのは贅沢とされているのです。
好きな服を着ることもできません。おしゃれができないのです。もし見つかったら、憲兵にこっぴどく叱られるからです。
少女は自分が生きていた現代がありがたい時代なんだと思い知ります。
ある日、身寄りのない小さな子供に寄り添っている時、「早く戦争が終わればいいのに。早く負けを認めちゃえばいいのに」と呟きます。すると、通りかかった警官から咎められます。しかし少女は謝りません。決然と反論するのです。思ったことを口にしただけだと食い下がりますが、警官に通用するわけはありません。彼は怒りに任せて、棍棒を振り上げたのです。言論統制があり、自由にものが言えない時代に正論は禁句なのです。
7月になり、沖縄の守備隊が全滅したという情報がもたらされます。新聞には東京をはじめとした大都市がB29で爆撃されたという記事が載り始めます。日本は敗戦の瀬戸際に立たされていたのです。
それは、少女の身の上にも起こります。空襲警報が鳴り響き、空から焼夷弾(ガソリンなどの燃料が入った恐ろしい爆弾)が降ってきたのです。それだけでなく、低空で飛ぶ飛行機から数えきれないほどの銃弾が、ものすごい勢いで、雨あられのように飛んできました。
辺り一面が焼き尽くされ、人々は次々に倒れていきました。その時、少女は初めて『焼け野原』という言葉を実感します。見渡す限り何もないのです。地獄だと思いました。
なんとか命拾いして食堂に戻った少女に次の試練が待っていました。
恋心を抱いていた青年に出撃命令が下ったのです。それも3日後。
少女は必死になって止めました。彼の背中に手を回して、すがりついて止めました。しかし、彼を止めることはできませんでした。基地へ戻る彼を茫然と見つめることしかできませんでした。
出撃の日、少女は見送りに行きませんでした。行ったら、特攻機に飛びついて止めたくなるからです。部屋の片隅で膝を抱えて、畳の目を睨みつけながら、耐えていました。
風が吹いて、風鈴が鳴りました。ふと、ちゃぶ台の上を見ると、手紙があることに気づきました。特攻隊員が家族に宛てた手紙でした。軍を通して送ると中身を検閲されるので、食堂のおばさんに頼んだもののようでした。
その中に青年が書いた手紙がありました。家族宛に4通。それ以外に1通。それは、少女に宛てた手紙でした。
それを見た瞬間、少女は駆け出しました。青年が飛び立とうとしている基地へ走り続けたのです。
なんとか間に合って、青年の名前を呼ぶと、彼は気づいて、笑みを返してくれました。そして、胸もとに挿していた百合を放り投げました。それは少女への別れの贈り物であり、それが彼との最後になりました。小さくなっていく機影を見つめていると、意識がなくなり、地面に倒れ伏しました。
気づくと、元の時代に戻っていました。
家に帰ると、お母さんに頬を平手打ちされました。母親は心配で心配で寝ないで探し続けていたのです。泣く姿を見て、初めて母の愛を知りました。反抗して、迷惑をかけて、喧嘩ばかりしていましたが、こんなにも愛されていたことに気づきました。
心を入れ替えた少女は、再び学校に通い始めます。郊外活動に参加し、リーダーとしてグループを率いることになりますが、訪問先を知って、心臓が早鐘を打ち始めます。
『特攻資料館』
特攻隊員たちの写真や手紙や日記や遺品が展示されているところです。
そこには、タイムスリップして知り合った多くの若者の顔がありました。
その一つ一つを見て、手紙を読んでいくと、信じられないものに出くわしました。
あの青年が書いた自分宛の手紙でした。
間違いなく彼の字でした。自分に対する想いが切々と綴られていました。
そこで、この物語が終わったと思いました。
感動的でありながらも、爽やかな終わり方だと思いました。
しかし、違っていました。
汐見さんは驚きのエピローグを用意していたのです。
それは、青年の視点で描かれた美しいエンディングでした。
この場面は是非、実際に本を手に取ってお読みになってください。