妹と駆け落ちしたあなたが他国で事業に失敗したからといって、私が援助する訳ありませんよね?

10.見つからない言葉

 結局、私達はアドラス様とヘレーナを止めることはできなかった。
 私に言葉をかけた後、ヘレーナはすぐに船に乗り込み、そのまま出発してしまったのである。
 アドラス様は甲板から姿を消してから、再度姿を現すことがなかった。彼はアドールに何も言わずに、ヘレーナとともに外国に旅立ってしまったのである。

「アドール……」
「……」

 船が去ってから、アドールは意気消沈していた。
 彼の今の心情を考えれば、それは当然のことである。
 そんな彼になんと声をかければいいのか、私にはわからない。父親にこんな形で置いていかれるなんて、あまりにも悲惨過ぎることだ。どのような慰めの言葉も、届かないような気がする。

「……父上は、ヴェレスタ侯爵家を捨てた訳ですね?」
「え? ええ、そういうことに……なるのでしょうね」

 アドールは、ゆっくりとこちらに顔を向けてきた。
 その表情は先程までと違って、平坦だ。彼の表面からは、感情が消えている。

「ということは、侯爵家は僕が継ぐことになりますよね?」
「そうなるでしょうね……」
「なるほど、まさかこれ程まで早く家を継ぐことになるとは思っていませんでしたが……」
「ええ、それは当然のことでしょうね」

 淡々と今後のことを話すアドールに、私はなんとも言えない気持ちになっていた。
 当然のことながら、今の彼は強がっているのだろう。これからのことを考えることによって、なんとか平静を保っているのかもしれない。

 その姿はなんというか、痛々しいものである。
 しかし、私にどうやってその痛みを和らがせることができるというのだろうか。それがわからず、私も上手く言葉を形作れなかった。

「……フェレティナ様、あなた――並びにフォルファン伯爵家には迷惑をかけることになってしまいましたね」
「いえ、それに関してはフェアよ。アドラス様が浮気していたのは、私達の妹なのだから、むしろ謝らなければならないのは、私達の方かもしれない」
「そう言っていただけるなら、こちらとしても助かります」

 アドールは、私に対して壁を作っていた。
 それは今まで家族として過ごしてきたはずなのに、今はとても距離が遠い。
 もしかしたらそれは、アドールの覚悟なのかもしれない。彼はきっと、これ以上私を巻き込まないように、遠ざけようとしているのだ。

 アドールは、どこまでも大人であろうとしているということだろう。
 それは立派なものだ。私は彼くらいの年齢の時に、そのようなことは考えられていなかっただろう。
 しかしなぜだろうか。私は納得することができていない。本当にこのままでいいのだろうか。私の頭には、そんな考えが過っていた。
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