妹と駆け落ちしたあなたが他国で事業に失敗したからといって、私が援助する訳ありませんよね?

32.彼の意見は

「エメラナ姫、正直に申し上げます。僕との婚約は、やめておいた方がいい」
「……え?」

 アドールは気まずそうな顔をしながら、ゆっくりと言葉を発した。
 それに対して、エメラナ姫は目を丸めている。たった一言ではあるが、かなりショックを受けているようだ。アドールからの拒絶、それは彼女にとってはとても重大なことであるのだろう。
 ただ、彼女は少し勘違いをしている。アドールは今、拒絶している訳ではない。むしろエメラナ姫に寄り添っているからこそ、その言葉をかけたように思える。

「ヴェレスタ侯爵家は、厳しい立場に立たされています。エメラナ姫のお陰で、今の所は安泰ではありますが、いつ揺らぐのかわかりません」
「……」
「ヴェレスタ侯爵夫人になるということは、苦労するということです。僕はエメラナ姫には、そのような苦労をかけたくないと思っています」

 アドールは、ゆっくりと言い聞かせるように声を出している。
 その効果があったのか、エメラナ姫は少しだけ落ち着いたようだ。
 そんな彼女に対して、アドールは安心したようにため息をつく。ただ彼は彼で、エメラナ姫のことを勘違いしているようではある。

「エメラナ姫からの好意は、嬉しく思っています。しかし僕達はまだ子供です。これからエメラナ姫の前には、もっと魅力的な男性が現れますよ。その恋心は、どうか思い出に――」
「――ふざけないで!」
「……え?」

 エメラナ姫は、突然立ち上がって大きな声をあげた。
 それにアドールは、呆気に取られているようだ。彼はすっかり固まってしまっている。
 しかし私からしてみればエメラナ姫の言葉に、何の驚きもない。これに関しては、ともすれば無神経なことを言ったアドールが悪いのだから。

「アドールの馬鹿!」
「ば、馬鹿……?」
「もう、すごくイライラする!」
「あ、あの、エメラナ姫……?」

 エメラナ姫は、アドールに対してとても子供らしい罵倒の言葉を発していた。
 その言葉には、私も苦笑いを浮かべざるを得ない。リヴェルト様も、ボレントさんも同じような表情をしている。恐らく、気持ちは皆同じだろう。
 この場で何もわかっていないのは、罵倒を浴びせられたアドールだけだ。ぽかんとして固まるなんて、聡明なこの子としては珍しい光景といえるかもしれない。

「フェレティナ様、少しだけ頭を冷やしてきます」
「あ、ええ、どうぞ」
「え? エメラナ姫、どこへ……」

 引き止めようとするアドールを一瞥もせず、エメラナ姫はボレントさんとともに客室から出て行った。
 残されたアドールは、不安そうな顔をしながらこちらを向いた。これは彼に対して、色々と言ってあげなければならないようだ。
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