妹と駆け落ちしたあなたが他国で事業に失敗したからといって、私が援助する訳ありませんよね?

38.彼女の呼び方

「そういえば、エメラナ姫はフェレティナ様のことを……」
「うん?」
「あ、いえ、なんでもありません……」

 婚約に関する話の最中、アドールは不自然に言葉を途切れさせた。
 彼が口にしたのは、エメラナ姫からの私への呼び名だ。恐らく、お義母様という呼び方に関して、アドールは何かが言いたいのだろう。
 それについては、実の所私も気になっていない訳ではない。ただ、中々に切り出しにくいことでもある。

 アドラス様と結婚した私は、一応アドールの母親だといえなくもない。
 いや、一応などではない。法の元において、私はアドールの母親であり保護者である。

 といっても、それを口を大にしていえるという訳でもないというのが、正直な所だ。
 アドールには、亡くなった前ヴェレスタ侯爵夫人というれっきとした母親がいる。彼にとって母親とは彼女のことであり、私のことではないのだ。
 だから呼び方も、フェレティナ様なのである。

 それをわざわざ変える必要があるという訳でもない。
 私は、今までアドールと良好な関係を築けていたつもりだ。今更変に関係性を変えるというのは、余計なことでしかないだろう。

「いや、すみません……エメラナ姫は、フェレティナ様のことをお義母様、と呼んでいましたね?」
「え? ええ、まあ、そうね」

 私が色々と考えていると、アドールが沈黙を破ってきた。
 彼は私が思っていた通りのことを述べている。やはりそれが、気になっていたということだろうか。

 しかしよく考えてみれば、それが気になるということは、アドールも呼び名を変える意思などがあるということなのかもしれない。
 いや、そんな風に期待するべきではないだろう。私は彼にとって、母と呼べるような存在ではないのだから。
 というかそもそも、私は母親と呼ばれたいのだろうか。呼び方一つで何かが変わるという訳ではないはずなのに。

「僕もフェレティナ様のことをそう呼ぶべきなのでしょうか?」
「……いえ、別に無理してそんな風に呼ぶ必要はないのよ?」
「別に無理ではありませんよ。僕はフェレティナ様のことをそう呼んでもいいと……いいえ、呼びたいと思ってはいるんです」

 アドールの言葉に、私は少し固まってしまった。
 それは彼の態度が、微妙だったからだ。
 呼びたいと口にしているが、それをアドールはなんというか嬉々として述べている訳ではない。嫌そうという訳でもないのだが、とにかく歯切れが悪いのだ。

 そういう態度は、やはり無理をしているということではないのだろうか。
 そう思って私は、少し眉を顰めることになってしまった。
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