妹と駆け落ちしたあなたが他国で事業に失敗したからといって、私が援助する訳ありませんよね?

56.伯父の憎しみ

「俺の意見としては、アドラスを見つけ出したい所だ」

 ストーレン伯爵は、私の目を見て言葉を発していた。
 彼は、アドールの方を見ない。父親に対する憎しみを、息子に直接ぶつけたくはないということなのだろう。
 ただ、そんな私の前にアドールが立った。彼はその瞳で、ストーレン伯爵をしっかりと見つめている。

「その意見には、僕も賛成です、伯父様」
「……言っておくが、俺はアドラスを見つけ出したら、抹殺するかもしれん。今更出てこられても、ヴェレスタ侯爵家のためにはならんからな。私怨もある」
「別にそれにも反対するつもりはありません。父上は確かに邪魔者でしかありませんからね」

 アドールは、特に表情を変えることもなく言葉を発している。
 そこには、アドラス様に対する情などは感じられない。本当に、邪魔者として話しているかのようだ。
 いや、実際にそうなのだろう。彼の中では、既に父親との関係は割り切れたものなのかもしれない。その繋がりを重要視しているのは、もしかしたら私やストーレン伯爵の方なのだろうか。

「ただ問題となるのは、父上が今はアドラスという名前ではないということです」
「……アドール、お前はアドラスが船内で殺めた浮浪者と入れ替わっていると言いたいのか?」「ええ、事故の当時の報告において、行方不明となっていなかった何者かと入れ替わっていると考えるべきでしょう。ただ、そこから父上を絞るのは難しいことです」

 アドールは、エルガルスさんから渡された資料を手に取った。
 そこには、事故当初の報告が記載されている。

 それに載っている船から救命ボートで無事に脱出した中の誰かと、アドラス様は入れ替わっているはずだ。女性と入れ替わっている可能性は低いが、それでもかなりの人数の名前が資料には載っている。

 その中からアドラス様を探し出すことは、とても難しい。
 そもそもの話、今となっては名前くらいしかわからない人達だ。エルガルスさん達でも、現在どこで何をしているかなどは知らないだろう。

「言ってしまえば、父上を探し出すのは労力には見合わないと思うのです」
「俺は労力の問題などを、考慮してはいないのだが……」
「そんなことをするよりも、父上を正式に死亡扱いにした方が早いでしょう。今回の一件で、行方不明者は父上とヘレーナ様だけになりました。その二人は、三年前に遺体が見つかっている。つまり亡くなったのは、その二人ということになる」

 アドールは、とても淡々と言葉を発していた。
 その態度に、私は彼が父親の死を処理しようとしているのだと理解した。
 それはヴェレスタ侯爵として、家のことを最も考えて出した結論であるだろう。私はその結論を支持する。そしてそんな彼の母親として、胸を張りたくなった。
< 56 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop