妹と駆け落ちしたあなたが他国で事業に失敗したからといって、私が援助する訳ありませんよね?

69.それぞれの主張

「……そういうことなら、現当主様にお伺いしましょうかね?」

 アドラス様の言葉を受けて、ゼブウォックはアドールの方を見た。
 軽薄な男ながらも、その視線は鋭い。色々と場慣れしていることが、その表情からは伝わってきた。
 しかし、そんな男からの視線にもアドールは怯まない。彼は真っ直ぐに、ゼブウォックを睨み返している。

「あなた方に渡す金など、ここにはありませんよ。あなた方は恐らくあちらの国の組織でしょうから、本来なら過度な干渉はしませんが、争い合うということになったら容赦はしません。そもそもあなた方は、僕達からしてみれば排除するべき対象です。完膚なきまでに叩き潰してあげましょう」
「……なるほど」

 アドールは、堂々と言葉を返していた。
 その言葉に、ゼブウォックも感心しているようだ。彼は、どこか嬉しそうにしている。アドールの覚悟に好感を抱くくらいの善性は、持ち合わせているということだろうか。
 とはいえ、彼はまともな人間ではない。これから争い合う相手になるかもしれないし、余計な情などは抱くべきではないだろう。

「もちろん、こちらもヴェレスタ侯爵家とやり合うつもりなんてないさ」
「……それは」
「侯爵家なんかと争っても、打撃の方が大きいだろうさ。家は面子を重んじているが、リスクは犯さない。そもそも、俺達を侮辱したのはボガートだからな」

 ゼブウォックの言葉の意図は、理解することができた。
 彼はあくまで、アドラス様をボガートという人物として扱うつもりなのだろう。ヴェレスタ侯爵家とは関係がないと、そうするつもりなのだ。
 それはこちらにとっても、都合が良いことである。そもそもアドラス様は公的には亡くなっているのだ。あの事故で亡くなった彼が、他国で事業に失敗して借金を背負う訳はないのである。

「それじゃあ、ボガート、そろそろ失礼するとしようか。いつまでも、侯爵家の方々に迷惑をかける訳にもいかない」
「ま、待て! 僕はまだ納得していないぞ。勝手に話を進めるな!」
「うるさい奴だな……来いって言っているんだよ!」
「嫌だ! 僕は、僕はっ……!」

 必死に抵抗するアドラス様を、ゼブウォックは引っ張って行った。
 笑顔を見せてはいるが、恐らくゼブウォック達がこれから行う所業は非道なものであるだろう。それがわかっているから、アドラス様も必死なのだ。

 アドラス様のことはともかくとして、ああいった者達をのさばらせておくのは良くないことだ。
 とはいえ、彼らは他国の組織だ。私達からできることがあるという訳でもない。
 よってアドラス様のことは、見捨てるしかないということである。まあもっとも、彼のことは私達からしてみれば自業自得である訳なのだが。
< 69 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop