「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、婚約者が最高すぎた。

「私、一条ノ護(いちじょうのご)家のしきたりなどもちゃんと教わりたく思います。私の霊術や霊符の研究を、滉雅様は認めてくださって改善点なども教えてくださいました。研究はできることなら、結婚後もどこかで、なんらかの形で続けていけたらと思うのです。もちろん、そのためには輿入れしたお家の妻としての義務も果たさなければいけないでしょう」
 
 さすがに据え膳上げ膳なんて期待していない。
 三年間、科目に数えられるほどに学ぶことがあるのだ。
 面倒くさいからってやらないわけにもいかないだろう。
 確か、帝や内地の名士や大名家は結界維持のために結界へ霊力を送る儀式を年に四回やっているって習ったし。
 
「いいのか? 研究の時間がなくなると思うのだが」
「そ、それは困りますが、家のことをなにもしない嫁なんてもっとダメではないですか」
「…………」
 
 そう返すと、神妙な面持ちで考え込まれる。
『思考共有』でもなにも言われないから、本当に考え込んでいるってこと。
 親父と共に滉雅さんの考えがまとまるのを待つ。
 親父としては俺と滉雅さんを二人きりにして、結婚後の具体的な話をさせつつ仲を深めてほしかったんだろうけれど……。
 なんか思った感じじゃないなぁ。
 まあ、俺もさすがに恋愛マンガみたいな空気は遠慮したいから、ビジネスパートナーっぽい感じが理想的なんだが。
 
「姉に聞いてみようと思う。結婚についての段取りなども。それでいいだろうか」
「はい、それはもちろん。我が家としても九条ノ護(くじょうのご)本家に滉雅様と舞の婚約について報告せねばなりませんし」
「そうか」
 
 こくり、と頷かれ、滉雅さんは懐中時計を取り出して時間を確認する。
 時間的にはまだ余裕はあるが、この口下手な人にとってはこれ以上話をすることがないのかも。
 家同士の結婚……しかも、家格が釣り合わない。
 話して決めることは山のようにあるんだろう。
 山のようにありすぎて、俺たちだけでは決められないことの方が多いのか。
 
「一度正式に家同士が話し合う場を設けようと思う。それでいいだろうか」
「異論ございません」
「よろしくお願いいたします」
「では、俺もこのまま本家に婚約の話をしに向かおうと思う。今日はこれで失礼してもいいか?」
 
 親父と顔を見合わせる。
 わかりやすく動揺した表情だったが、これは前確認のようなものだもんね。
 ……あれ……? なんで俺、がっかりしているんだ……?
 
「舞殿、もし許されるなら、来週も昼食をいただきに来てもいいだろうか」
「え! は、はい! もちろん! いっぱいご用意しておきます!」
「ありがとう。あなたの霊力がふんだんに含まれていた料理を食べると体の調子がいいので、助かる」
「ッ……! は、はい……」
 
 狼狽えつつ俯いてしまった。
 あれ、なんか顔がやたらと熱いんだが。
 なんか、急に暑いし。
 
「わしは霊力を使う仕事ではないのだが、娘の作る料理に含まれ霊力はそれほどお役に立つのですか?」
禍妖(かよう)の討伐には身体強化の霊術を使ったり、刀に霊力を通したりと霊力はいくらあっても足りない。数年勤務していると霊力量が一級に達する者もいるくらいには、日々消費する。央族の女性の作った霊力含有量の高い料理を食すことで、消費した分が補填される。俺は霊力量も多いので、睡眠による自然回復が追いつかない。本家の女中が作った食事の霊力含有量もそれを補うに至らず、減る一方であった」
「なんと……霊力が足りなくなるとどうなるのですか?」
「体調を崩す。精神的にも弱り、病にも罹りやすくなる」
 
 いいことは一つもねえ!
 ええ……霊力が枯渇するとそんな恐ろしいことになるんだ。
 俺、毎日霊力使って霊符とか霊術の研究してきたけれど、枯渇したことないぞ。
 やっぱり俺みたいなのと、禍妖(かよう)討伐部隊じゃあ普段の使用量が違うんだろうな。
 
守護十戒(しゅごじゅっかい)のような大きな家々が霊力の多い女性を家格の考慮もなく優先的に娶るのは、そのような理由なのですね」
「そうだ。結界の維持、修繕にも膨大な量の霊力を要するが、我らのような討伐部隊は日々の霊力回復に妻の手料理を食す。央族の女性の方が霊力が高いのは、陽御子(ひみこ)と同じ性別というだけでなくそういう理由もある」
 
 はあ~~~、そうなんだ~~~。
 勉強になるな~。
 やっぱり自分の関わりのない仕事のことだとわからんことばっかりだな~。
 ああ、でもそういえば一年生の時に花嫁修業の授業の時に習ったかも。
 日々の朝食、昼食、夕食で旦那様に手作り料理を食べていただき、旦那様の身心の健康維持をしましょう――的な。
 花嫁の授業って料理の献立や包丁の使い方とか料理中心だったのって、そういうことだったのかー。
 あとは家の家計管理、掃除のやり方、使用人の管理、旦那様の仕事の補助についてとか……。
 ちょっと花嫁修業の教科書、一年生の時のもの引っ張り出して読み直してみよう。
 
「では、来週もいっぱい作っておきますね!えっと、そういうことでしたら伊藤さんに頼んでお弁当もお作りしましょうか?」
「いいのか?」
「はい、もちろん。父や自分のお弁当も毎日作っておりますから!」
 
 売れる恩は売っておきたいしな!!
 料理自体は好きだし、お役に立つならここでしっかりいいお嫁さんになりますアピールしておいてだな。
 
「とても助かる。材料費などは別途請求してほしい。――それと、借金があるんだったな。それは九条ノ護(くじょうのご)家に俺が返しておく」
「なんと!? いえ、それは……!」
「結納金の一部と思って気にしないでほしい。舞殿が申し出てくれた“弁当”の対価として、気兼ねなく受け取ってくれ」
 
 親父と顔を見合わせる。
 マジか……マジか!!
 ……完済……!?


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