「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、婚約者が最高すぎた。
「隊長~、ちょっといいですか? お袋がこのおにぎりを隊長にって。なんか手伝いに行っている家の娘さんが、かなり霊力の高い子らしくて食事に込められる霊力含有量も高いそうです。それなのに婚約破棄されて可哀想だから、隊長のお嫁さんにどうかって!」
「…………」
「そう嫌な顔しないでくださいよ~。他人事ながら俺だって心配しているんですよ? 隊長の食欲不振」
肩を竦めて大げさな溜息を吐く伊藤。
自覚があるのか水筒から口を話した濡れ鴉のような黒髪と高麗納戸の鋭い眼光。
天道国の人間にしては手足が長く、6尺を優に超えた高身長。
家柄は元より、戦場の貴公子と称される整った容姿。
央族子女が憧れる彼だが当然欠点もある。
「…………」
「なんですか? え?」
「滉雅! 伊藤の言うことはもっともだよ。君最近本当に食べないんだから」
「副隊長!」
唇が動いているように見えず、伊藤が困り果てていると副隊長、鈴流木紅雨が近づいてきた。
流れるような鉄紺の髪を高い位置で一つに結った、赤紅色の瞳の美丈夫。
武の名士、鈴流木家の本家出身という、超エリート。
そんな紅雨よりも上の実力を持つはずの“隊長”、滉雅は叱られた子どものように唇を尖らせて膝を抱えてしまった。
「小学生みたいな拗ね方するな! 食事していないのは事実だろう! お前が食べないと霊力だけじゃなく体まで弱ってしまうんだぞ。伊藤の母君が心配して見ず知らずの霊力の高いお嬢さんにおにぎりを頼んだのは、伊藤を心配しているからだ。伊藤を始め、部下の命を預かっている自覚がまだあるのならありがたくいただけ! 毒見が必要なら俺がやるぞ!」
「…………」
ごにょごにょ、なにか言ってから伊藤の手にある笹の葉包みを受け取って、もそもそと食べ始める。
その様子に腰に手を当てがった紅雨は安堵の溜息を吐き出した。
実際部下が単独で囮になろうと駆け出したのを滉雅が止められなかったのは、他の部下を守るため禍妖の相手をしていたからだ。
そしてその時滉雅が守った部下は伊藤。
部下が死んでからずっと昼食を取らなくなっていた滉雅を、部隊の皆が心配していた。
久しぶりになにかを食べている滉雅の姿に、紅雨や伊藤以外の隊員たちも安堵の笑み。
「ところで、その婚約破棄されたお嬢さんって?」
「九条ノ護家の分家のお嬢さんだそうですよ。お袋が『父親想いで優しくて謙虚な、本当にいい子』ってべた褒めしてたんですよね。俺が未婚だったら俺の嫁に、とか言うくらい気に入ってるんですよ」
「伊藤のおば様は見合いの達人っていうくらい仲人経験豊富な人だったよな? うちのお嫁さんの従兄弟も伊藤のおば様に世話になったと言ってたし」
「あーなんかいろんなところに手伝いに行って、結婚の世話焼くのが好きみたいなんですよね」
「ふうーん、そんな人がおススメするんなら、滉雅と相性のいい子なんだろうな。会ってみてもいいんじゃないか?」
半分は冗談のつもりで言ったのだろうが、笑顔の紅雨を滉雅が軽く睨む。
性格を知っている伊藤がビクッと肩を跳ねさせてしまうくらい、滉雅の軽い睨みは怖い。
若い女性に人気が高い滉雅だが、結婚相手に恵まれないのはこの死んだ表情筋と口下手。
そして、女系家庭のせいで女性恐怖症気味。
紅雨の母は滉雅の母と姉妹関係。
つまり、紅雨は滉雅と従兄弟同士。
だから滉雅の家庭事情もよく知っている。
女だらけで姦しい滉雅の実家は、男の人権がないに等しい。
すべてを諦めた滉雅と滉雅父の姿を知っているので、女性が苦手になるのも仕方ない。
滉雅の母が選り好みしすぎて婚約話が三桁近く流れたのも――。
「なあ、滉雅。お前だってその年まで結婚できないのはまずいって思っているんだろう? 家は紫雨さんが継ぐからいいって思っているだろうけれど、今の一条ノ護家には男がお前しかいないんだから伯母様はお前の孫を抱きたいんだよ。もう今さら見合いなんて会って帰るだけの作業だろう? 伯母様も『とにかく結婚して所帯を持って孫を抱かせてくれさえすれば、相手の家柄はこだわらないから』って言い始めているし」
「もう諦め始めてますね、それ……」
「まあ。十代前半から二十代前半に選り好みしすぎて滉雅の婚期を完全に潰した自覚があるんだろう」
「って言っても、お袋の言っている子には俺も会ったことないんで、どんな子かわからないんですよね。情報も九条ノ護家の分家のお嬢さんで、性格がいい子で、霊力が多いってことくらい」
ふーん、とまた紅雨が腕を組んで小首を傾げる。
霊力が多いと言ってもせいぜい四級から三級程度だろう。
昨今の令嬢の霊力は、下がり続けている。
霊力の鍛え方が消失して五百年、口伝も潰え、結界の維持に注力するだけ。
しかし、禍妖の数は変わらない。
前線で戦う者としては、外からの霊力供給が重要になり続けている。
生まれつき破格の霊力量を持つ滉雅や紅雨などの一部の武人に、頼りきりになっているのが現状。
「……行く」
「おにぎり美味かった? 会う? 会う?」
「会わない」
伊藤、しかしそれでも「一週間ぶりに声を聞きました」と紅雨の顔を見上げる。
「美味しかったんだね。おば様に伝えてあげて」と紅雨が通訳してくれた。