恋をしたのは姉の夫だった人
 大手製薬会社UPH製薬に勤める受付嬢は三名いる内、優が一番年上である。
まだ二十代であるにも関わらず、最近では様々な課の社員から「結婚の予定は?」なんて、聞かれることが多くなった。
にこにこと笑みを作りつつも、心の中ではほっといて欲しいわ、と非難している。
受付嬢はどこか軽く見られているふしがある。
酷い話だが飲み会の席などで、結婚までの腰かけだと直接言われたことだってある。
三十前になると、女は結婚するのが普通であるという意識はなかなかなくならず、世の中は晩婚だといわれているけれど、現実周囲はほっといてくれない。

 自分だってできることなら好きな(ひと)と結婚したいけれど、人生そう上手くゆかない。
そもそも優が好きな(ひと)は絶対に口に出していけない人なのだから――。



 月曜日の朝、電車通勤の優は、自宅を出て会社の最寄り駅で電車を降りると、後ろから「おはようございます!柊木さん」と声を掛けられた。
反射的に振り返ると、営業部の男性社員である若田紘一(わかたこういち)がこちらへ向かって小走りに駆けてくるのが見える。
彼は優より二つ下で、一年ほど前に営業部の飲み会に呼ばれて参加した時に、席が近くで話をしたことがきっかけで仲良くなったのだ。
甘いもの好きという共通点があり、何度かケーキバイキングに一緒に行ったことや飲みに行ったことがあり、優にとって可愛い後輩という位置にいる。

「若田君おはよう」

優は笑顔を浮かべ一八十ほどある長身の彼を見上げると、彼はオシャレなデザインの黒縁眼鏡に片手で触れながら、もう一度「おはようございます」と挨拶した。
若田の眼鏡の奥の二重まぶたが優しく細まる。

「今日も早いですね、遅番ですよね?」

受付では早番、中番、遅番とシフトが三パターンあり、三名で回している。
ちなみに今日の優は遅番で、本来なら九時半出勤でいいものの、通常通り出勤していた。
周囲からは不思議がられるが、休憩室でのんびりするのが落ち着くのだ。
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