恋をしたのは姉の夫だった人

気付かなかった想い

 ――優、お願いね……。

 翌朝、目覚まし時計が鳴る直前に目が覚めた優。
目には涙が溢れている。
それは最近珍しいことではない。
珍しいことではないけれど、姉の祈るような夢の中の声が、頭にこびりつくように残っている。

「お姉ちゃんお願いって……何を?」

 姉が亡くなってから、何度も姉の夢を見た。
しかし今まで何を話しているのか全く覚えていなかったのに、なぜ今日に限って覚えているのだろう。
まさか瑞樹に告白をされたからだろうか……。
姉は優の気持ちを空から窺って知っているに違いない。
姉は自分の場所を捕らないでと、言いたかったのかもしれない。
胸がドキドキと嫌な音を立てる。
それにジリリと大音量の目覚ましの音が重なり、驚きで胸が震えた。

「準備しなきゃ……」

 目覚ましを止めベッドから起き上がる体はひどくだるかった。
いつも早めに出勤する優だが、今朝は一本遅い電車で会社に向かう。
その途中にスマホが震えメッセージが届いたので、瑞樹でないかとドキドキしたが相手は朝陽だった。
“優おはよう。今夜、飲みに行かないか?”という食事の誘い。
優の頭に瑞樹の顔が浮かぶ。

 正直なところ瑞樹に今夜会うのは避けたいと思った。
自分の気持ちが抑えられなくなったら、と思うと怖い。
けれど心に会うのは優の日課で、突然行かなくなれば瑞樹が気にするだろう。
優はこんな時こそ逃げてはダメだと思い“ごめん、行けない”と断った。
すぐに“残念、でもまた誘うぞ”と返信が来る。
朝陽らしい明るい返信に、優はほんの少しだけ今朝から強張っていた頬を緩めた。
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