恋をしたのは姉の夫だった人
 会社に到着し若田と別れて向かうのは一階の奥の更衣室。
入室すると中番で優より四つ下の女性社員の春日三奈(かすがみな)が「おはようございます!」と、元気の良い挨拶をしてきた。
彼女は流行のメイクが似合うファッション好きの女子である。

「優さん、見てください!このコート、昨日買っちゃいました!前から買おうか悩んでた例の物です」

 三奈はワインレッド色のコートを優に見せ「可愛くないですか!?」とウキウキ顔で言う。
彼女はというと、新しいものをゲットした時は毎回優に、見てください!と、報告してくれる可愛い後輩の一人。
懐かれているなぁという感じがして、素直な三奈のことを好ましく思っていた。

「可愛いコートだね。三奈ちゃんっぽい感じで似合いそう」

 三奈は無邪気な性格だが、見た目は綺麗で大人びている。
上品な葡萄酒のようなワインレッド色は彼女によく似合うと思ったので、素直に心の内を口にした。

「わ、いつも褒めてくださってありがとうございます。優さんに言われると、買ってよかったぁって思うんです」

 優が笑みを浮かべて本当にそう思うもの、と言うと、三奈はご機嫌に更衣室を出ていった。
それを見届け、優も私服から制服に着替える。
受付の冬の制服はライトグレーのニット素材の膝丈のワンピースでサイドファスナーで簡単に着られるものであるが、首元のスカーフが鏡を見なければきちんと巻けない。
そのため隣の化粧室へと移動する。

 だが、今朝はタイミングが悪かった。
胸まである緩やかなウェーブがかった髪を一つにまとめ、スカーフを丁寧に整えていると「いいわねぇ、受付嬢はオシャレできるほど暇で」と、横から嫌味な言葉を浴びせられた。
顔を見なくても誰かわかるが、鏡越しに彼女に視線を向けた。

「飯田さん……」

 鏡越しに視線がぶつかったのは、営業事務で優より一つ上の飯田小春(いいだこはる)だ。
彼女はというと、若田と仲良くなった飲み会以降、受付の三人に嫌味を言うようになり、特に優にはよく何かと突っかかってくる。
優が今、一番苦手な人物であった。
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