恋をしたのは姉の夫だった人
 勇気を出してよかったと思う。

「グラタンを作る約束でしたので」

 伏し目がちに笑い返すと、彼はホッとしたような顔をする。

「ありがとう。早速食べられるなんて嬉しいよ」

「そんな大したものではないですけどね」

「いやいや、優ちゃんの料理はプロ並みだよ」

「いやいや、褒めすぎですよ」

 ブンブンと首を振りながら、ホッと息を吐く。
普通に会話ができていることに安堵し、緊張が少し解けた気がした。

 瑞樹は「荷物持つよ」と、優の持つエコバックを掴む。
その際、お互いの手と手が触れて、心臓が跳ねた。
些細なことが心を揺らす。
ありがとうございますと礼をする声が震えていたことに、瑞樹は気付いただろうか。

 エレベーターの中で瑞樹と二人きりになった時、胸のドキドキはさらに大きくなった。
チラリと瑞樹を見ると、視線が重なる。

「昼間は偶然だったね、驚いたよ」

「本当に……偶然でしたね」

 優は小さく微笑んでみせるが、彼の表情は固い。

「……優ちゃんは、昼間の彼とは仲がいいの?」

 瑞樹の表情は不安げで穏やかでない。
嫉妬されているのかもしれないと喜ぶ自分がいるものの複雑だ。

「お互いお酒と甘いものが好きなので、時々出掛けたりします」

 姉のことを思うと彼とは結ばれてよい関係ではない。
嘘でない曖昧なラインで返す。
心で若田に利用してごめんと謝りながら。

「……それは、二人きりで?」

 小さく頷いて「えぇ」と答えると、瑞樹は悲し気に顔を歪めた。
それを見て、咄嗟に「本当に時々ですけど」と付け加えてしまったけれど。
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