恋をしたのは姉の夫だった人
 時間をずらせばよかったと思う。
優は自分の間の悪さを呪い、小さなため息を吐く。
だが、苦手な彼女を無視するわけにもいかないので、振り返り「おはようございます……」と頭を下げた。

 それからすぐさまポーチを持ち、さっと隅の方に移動した。
飯田はツンとすました顔をしながら「おはよう」と言うと、優と一つ空けた位置に来る。
たくさん場所はあるんだからわざわざ近くに来ないでよね……と、優は内心毒づく。
飯田はポーチからファンデーションを取り出し、頬に塗り始めた。
ちまちまと整った顔立ちの飯田は、メイクに時間がかかる。
ここは早めに退散しいところ。
優がポーチを握りしめた時、飯田は「最近残業ばっかりなの、受付は時間がありそうで羨ましいわ」と、嫌みを重ねてきた。

 本当に朝から嫌な気分にさせられる。
受付だってそれほど時間があるわけではない。
電話応対やクレーム対応、来客案内やPC業務とやらなければならないことはそれなりに多い。
次々と舞い込む仕事への対応力も必要であるのだ。

顧客の来訪が重なるとトイレに行けない時はあるし、失礼な態度やセクハラな発言を顧客などに投げられることもあり、ムッとしても上手く切り返さなくてはならないのだ。
楽な仕事だと思われると、心が暗くなる。

 しかし、言い返せばもっとひどいことを言われるに違いない。
受付は彼女たちのように残業はない上、ローテーション制なので休みもしっかり取れ、自分の時間は作りやすい。
何より基本的に受付に座っているので、どうしても簡単に見られてしまいがち。
苛立ちつつも、受付で身に付けた完璧な笑顔を張り付ける。

 丁寧な口調を意識して「……お先に失礼いたします」と頭を下げると、飯田の顔が一瞬で険しくなった。
それから逃げるように化粧室を出て「最悪……」と呟く。
更衣室に戻るとスマホを取り出し、写真のフォルダを開く。
嫌なことがあった時は、大好きな姪の顔を見て癒されるに限る。
八年前に亡くなった姉の宝物である姪の(こころ)の写真を表示させた。
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